「罪と罰」62(2−3)

ラズミーヒンは借用証書を取り出してテーブルの上に置いた。ラスコーリニコフはそれに一瞥をくれると一言も発せず壁の方を向いてしまった。これにはラズミーヒンも不快になった。 「分かってるぞ、ロジオン」彼は1分後に口を開いた。「またブチ切れて馬鹿な…

「罪と罰」61(2−3)

「今日はさ、パーシェンカにいちごのジャムを届けてもらわないとな、彼に飲み物を作ってやらなきゃ。」そう言うとラズミーヒンは自分の席に着いて、またスープとビールに取り掛かった。 「でも彼女はどこでいちごなんか手に入れるの?」ナスターシャは尋ねた…

「罪と罰」60(2−3)

ラスコーリニコフはびくびくしながら緊張して周囲の観察を続けていた。その間にラズミーヒンは彼の近くのソファに席を移し、熊みたいに不器用なやり方で彼の頭を左手で抱えると、自分で起き上がることができたかもしれないのにも関わらずだ、右手でスープの…

「罪と罰」59(2−3)

しかし彼は病んでいる間ずっと完全に意識を失っていたというよりは、熱に浮かされて半分意識がない状態であった。後に彼は多くのことを思い出した。ある時は彼の近くに多くの人々が集まって来て彼をどこかへ連れ出そうと、彼のことで大変な議論、言い争いに…

「罪と罰」58(2−2)

彼は20コペイカを片手に握り締め10歩ほど歩くとネヴァ川の方、宮殿の方に顔を向けた。空には極小さな雲っこ一つなく、水はほぼ淡青色だった。こんなことはネヴァ川ではめったにない。大寺院の円屋根が、それはこの場所から、小礼拝堂まであと20歩ほど…

「罪と罰」57(2−2)

「じゃあ!」彼は突然言うとドアの方に歩き出した。 「待てよ、待てったら、この変わり者!」 「止めろ!・・」再びそう言った彼はまた腕を振り払おうとした。 「じゃあ何のために来やがったんだ、今さら!気でも触れたか?だってこれじゃ・・・ほとんど侮辱…

「罪と罰」56(2−2)

確かにそれはその通り、全くその通りだった。とは言え彼はそのことを以前にも知っていたので、決してそれは彼にとって新しい疑問というわけではなかった。夜、水の中に捨てることが決まった時、どんなためらいや反論も無かった。それどころか、それはそうで…

「罪と罰」55(2−2)

だが彼は群島にも行く運命にはなっていなかった。別の事態が生じたのだ。B通りから広場に出ると、彼は突然左手の方に、中庭に通じる開口部のない壁ですっかり囲われた入り口があることに気付いた。右側からは、門に入るとすぐ、奥の中庭へと、開口部のない、…

「罪と罰」54(2−2)

“だがすでに捜索が入っていたら?ちょうど家で彼らと鉢合わせすることになったら?” だがもう彼の部屋の前だ。何事もない。誰もいない。誰も立ち寄っていなかった。ナスターシャすら手を触れていなかった。だがこれは一体!どうして彼はさっきこれらすべての…

「罪と罰」53(2−1)

「ですがちょっと待ってください。一体どのようにしてこんな矛盾が生じたんです。つまり彼ら自身の証言によれば、ノックはした、ドアは鍵がかかっていた、ということですが、その一方で3分後、庭師と共に戻って来てみると、ドアは開いていたということにな…

「罪と罰」52(2−1)

「そんな感傷的な細々した話は何もかも、閣下、我々には関わりありません。」傲然と切り捨てたのはイリヤ・ペトローヴィチであった。 「あなたは証書と誓約書を出さなければいけないんであって、あなたがどれほど惚れていなさっただとか、その悲劇的な役回り…

「罪と罰」51(2−1)

「また大音量、また雷、竜巻、嵐か!」愛想よく、親し気にニコヂーム・フォミーチがイリヤ・ペトローヴィチに話しかけた。「また心を乱されて、また沸騰しちゃったんだな!階段のところでもう聞こえていたぞ。」 「それが何か!」品位を保ちつつ無頓着に言い…

「罪と罰」50(2−1)

「騒ぎに喧嘩だなんてうちじゃ一切なかたでしたよ、カプテン様」突然彼女は早口でべらべらやり出した。それはあたかもエンドウ豆をこぼしてしまったかのようで、強いドイツ訛りがあったが、威勢のいいロシア語であった。「それにどんな、どんなシュキャンダ…

「罪と罰」49(2−1)

「それはあなたには関係ないことです、御仁!」彼は仕舞いにどこか不自然な程大きな声で叫んでいた。「さあそれじゃ求められているものを出してもらいましょうかね。彼に見せてやってくれ、アレクサンドル・グリゴーリエヴィチ。訴えがきているんですよ、あ…

「罪と罰」48(2−1)

彼は自分の内のありとあらゆるところで凄まじい混乱を感じていた。彼自身自らを制御できなくなるのではないかと恐れた。何かしらにすがりつこう、何かについてとにかく考えよう、全然関係ないことについて、そう努めたが、それは全くの徒労に終わった。とは…

「罪と罰」47(2−1)

階段で彼は思い出した。品々をみなあんな風に壁紙の穴の中に残してきたことを。――“それに俺がいない間に捜索ということかもしれん”――思い出すと立ち止まった。だがあまりにも深い絶望、あまりにも激しい、こう言ってよければ、破滅のシニシズムが突然彼を支…

「罪と罰」46(2−1)

「開けなさいって言ってるでしょ、生きてるの、死んでるの?ほんといっつも寝てばっかりいるんだから!」そう叫びつつナスターシャは握りこぶしでドアをドンドン叩いていた。「ほんと一日中畜生みたいに寝てばっかり!本当に畜生だわ!開けなさい、どうなの…

「罪と罰」45(2−1)

そのようにして彼は非常に長い間横になっていた。時折彼は覚醒したかのようになることもあって、その瞬間にはもう大分前から夜であったことを意識するのだが、起きなければという考えには至らなかった。ついに彼はすでに昼のように明るくなっていることを認…

「罪と罰」44(1−7)

彼がもう3階を過ぎたという時、突然もっと下の方から大きな音が聞こえてきた――どこに隠れたらいい!どこかに隠れるなんてできやしなかった。彼は元の所へ、再び部屋の中へと駆け出そうとした。「おい、化け物、悪魔!抑えろ!」 叫び声とともに誰かが下の方…

「罪と罰」43(1−7)

そしてようやく、すでに来訪者が4階へと上り始めた時、ちょうどそのタイミングでやっと彼の総身は突如として動き出したのだが、それでもさっと機敏に玄関口から部屋の中に戻り、後ろ手でドアを静かに閉めることができた。それからかんぬきを掴むと静かに、…

「罪と罰」42(1−7)

彼はどんどんどんどん恐怖に囚われていった。特にこの二回目の全く予期せぬ殺害の後はそうだった。彼はなるべく早くここから逃げ出したかった。もしもこの瞬間に彼がより正しく状況を捉え判断できる状態にあったなら、もしも自分の置かれた状況のあらゆる困…

「罪と罰」41(1−7)

ドアがこの前と同じようにごく僅かな隙間の分だけ開くと、再び二つの鋭い猜疑心に満ちた視線が暗闇の中から彼の方に向けひたと据えられた。この時ラスコーリニコフはどぎまぎして危うく致命的な失敗をやらかしてしまうところだった。 老婆が彼らの他に誰もい…

「罪と罰」40(1−6)

一息つきどきどきしている心臓に片手を当て、すぐ斧を探し当てると再度位置を修正し、彼は慎重にそうっと階段を上り始めた。聞き耳は絶えず立てていた。だが階段もその時全くの無人であった。全てのドアは閉じられ、誰とも出くわすことはなかった。二階の一…

「罪と罰」39(1−6)

彼は門の下で立ち止まって考え込んだ。往来に出て、このまま体裁のために散歩するのは不愉快だ、部屋に戻るのは――もっと不愉快だ。“もうこんなチャンスは二度とないぞ!”――そうつぶやいた彼は漫然と門の下で屋敷番の暗い小部屋に正対して立っていたのだが、…

「罪と罰」38(1−6)

だがそれは今のところどうでもいいことであり、彼はそのことについて考えようともしなかったし、またそんな時間もなかった。彼が考えていたのは一番大事なことであって、些細なことについては自分自身で全てのことに納得がいく時まで先延ばしにしていた。だ…

「罪と罰」37(1−6)

彼が食べたのは僅かで、食欲はなく、スプーンで3、4杯ばかりを機械的にといった具合にであった。頭痛は弱まっていた。食事を済ますと彼は再びソファの上に長々と横になった。しかし最早寝付くことはできず、うつ伏せでじっと横になり、顔を枕にうずめてい…

「罪と罰」36(1−6)

ラスコーリニコフは途轍もなく動揺していた。もちろんこんなことはみな極ありふれた極頻繁に交わされる、すでに何度も彼が耳にした、形式だけは別で異なるテーマでの、若者の会話、考えである。だがなぜこの今に、彼が他ならぬあのような会話、あのような考…

「罪と罰」35(1−6)

後になってラスコーリニコフは、一体何のために町人と農婦がリザヴェータを自分たちの元に呼んだのかを、どうかして偶然にも知ることとなった。事の次第はごくありふれており、そこにそれほど特別な要素は何もなかった。よそから来た落ちぶれた家族は身の回…

「罪と罰」34(1−5)

後になって彼がこの時のことを、その日に彼の身に起きたことすべてを時系列に沿って細部まで思い起こす時、彼を迷信に至らすほど驚愕させたのはいつも一つの状況であった。もっとも本当のことを言えばそれはそれほど特別というわけではない。しかしそれはあ…

「罪と罰」33(1−5)

「おお、てめえなんか蚊に喰われちまえ!道を開けろ!」狂ったように叫んでいるミコールカは轅を放り投げると、再び馬車の中にかがみ込み鉄棒を引っ張り出す。「気をつけろ!」と大声を上げる彼はありったけの力で自分の不幸なめす馬っこに振り下ろす。下さ…