「罪と罰」34(1−5)

 後になって彼がこの時のことを、その日に彼の身に起きたことすべてを時系列に沿って細部まで思い起こす時、彼を迷信に至らすほど驚愕させたのはいつも一つの状況であった。もっとも本当のことを言えばそれはそれほど特別というわけではない。しかしそれはあたかもある種の宿命であるかのように後の彼には思われてならなかった。

 すなわち彼がどうしても理解できず、自分を納得させることができなかったのは、なぜ彼が、疲れてくたくたの家までの最短経路を真っ直ぐ帰ることが何よりも得であるはずの彼が、センナヤ広場を通って自宅に帰ったのか、ということである。そんなところに寄るのは全く余計なことであった。回り道は大したものではないが、明らかにそれと分かるもので完全に不必要であった。確かに何度も自分が歩いている道を自覚せずに家に帰るということはあった。だが一体なぜ、彼は問い続けた、一体なぜあれほど重要な、彼にとってあれほど決定的な、かつあのように極度に偶然性の高いセンナヤ広場(そこを通ることなんて彼には無意味なのだ)での出会いが、他ならぬあの一点で、あのような時と、彼の人生におけるあのような瞬間と、まさにあのような彼の精神状態と、つまりあのような状況と重なったのか、と。その状況においてのみそれは、その出会いは何よりも決定的で最終的な影響を彼の全運命に対し与えることができたのだ。あたかもちょうどその時わざわざ彼を待ち構えていたようではないか!

 彼がセンナヤ広場を通ったのは九時頃だった。テーブルの上や商品台、小さなお店やちっぽけなお店で商売をしている人達はみな店仕舞いをし、あるいは商品を取り外し片付け彼らの客同様それぞれの家路についていた。センナヤ広場にある諸々の建物の低層階に位置する旅籠屋付近に、それら建物の汚い悪臭のしている中庭に、そして何よりも居酒屋の周りに雑多なあらゆる種類の手工業者、浮浪者がわんさと群がっていた。ラスコーリニコフが近隣にあるすべての横丁同様、主にこうした場所を好んだのはぶらりと外に出る時だった。そこでは彼のぼろぼろの服装は誰の横柄な視線を浴びることもなく、どんな格好で歩いていても誰の顰蹙を買うこともなかった。ちょうどK横丁の角で町人と農婦、つまりその妻が二つのテーブルで商いをしていて、糸や編み紐、更紗のハンカチ等を売っていた。彼らもまた家に帰ろうとしていたのだがずるずると先延ばしになっていた。立ち寄った知り合いと話し込んでいたのである。この知り合いはリザヴェータ・イヴァーノヴナ、あるいは単に皆の呼ぶところによればリザヴェータと言って、まさにあのアリョーナ・イヴァーノヴナ婆さんの妹だった。お役所の記録係の後家にして高利貸し、その元を昨日ラスコーリニコフが時計を質に入れ独自のリハーサルをするために訪れていたあの婆さんの・・・。彼はもう大分前からこのリザヴェータのことについてはなんでも知っており、彼女の方でさえ彼のことを少しは知っていた。それは背が高くてどんくさい、おどおどしている従順な百姓女で、ほぼ白痴、年は35、姉の完全なる奴隷で日夜その元で働いており、その前では戦々恐々としていて殴られるのにも耐えているのであった。彼女は思案顔で包みを持って町人と農婦の前に立ち、注意深く彼らの話に耳を傾けていた。二人は何かしらを熱心に彼女に説明してやっていた。ラスコーリニコフは突然彼女に気付くと、ある奇妙な感覚、何よりも強烈な驚きに似たそれに包まれた。もっともこの出会いにおいて驚くべきようなことは何もないのではあるが。

 「お前さんがさ、リザヴェータ・イヴァーノヴナ、自分自身で決めた方がいいよ」と大きな声で町人が言った。「明日お出でよ、7時頃にさ、お嬢。連中も来るよ。」

 「明日?」声をのばして考え深げに言ったリザヴェータは決めかねているといった様子であった。
 「ああお前さんはあのアリョーナ・イヴァーノヴナに本当に怖気づかせられちまったんだね!」と早口でべらべらやり出したのは商人の妻の活発な小娘だ。「いつ見てもお前さんは完全にあかんぼって感じだね。だいたいあいつはお前さんの姉貴ではあっても、実のじゃなくて腹違いなんだよ。それでいてどんだけお前さんを好き勝手にしていることか。」

 「とにかくお前さんは今回アリョーナ・イヴァーノヴナには何も言うんじゃないよ、お嬢」夫が割って入ってきた。「これが俺から言えること、お嬢、それじゃ俺らのとこに寄るんだよ、許可なんか取らずにさ。それがうまいやり方ってもんだよ、お嬢。後になれば姉さんも自然と分かるよ。」

 「寄るべきかしら?」

 「7時前だよ、明日の、連中のうちの誰かしらは来てるよ、お嬢。自分自身で決めるんだよ、お嬢。」

 「サモワールも出しとくからね。」妻が言い添えた。

 「分かりました。行きます。」そう言ったリザヴェータはまだ悩んでいたが、ゆっくりその場から動き出した。

 ラスコーリニコフはその時にはすでに通り過ぎていてそれ以上何も聞かなかった。彼は静かにこっそり通り過ぎたのだが、それは一言も聞き洩らさないよう努めながらであった。当初の強烈な驚きのあと徐々に恐怖がやってきた。それはまるで背筋を冷たいものが走るかのようであった。彼は知ってしまった。彼は突然、急に、全く不意に知ってしまったのだ。明日きっかり晩の7時にリザヴェータが、老婆の妹が、彼女の唯一の同居人が家にいないということを、そして必然的に老婆がきっかり晩の7時には家に一人でいるということを。

 彼の住居までは残すところあとわずかだった。彼が自宅に入った時の様子はまるで死刑囚のようだった。何も彼は考えていなかった。またあれこれ考えることなんて絶対にできやしなかった。だが自身の存在すべてをもってして突然感じてしまったのだ。自分には判断する自由つまり意志が最早ないということを、そしてすべてが突然最終的に決定されてしまったことを。

 確かに言えることは、仮に彼が何年適当な機会を待つことになったとしても、その場合であっても企ては保持されているとして、今回突然現れたもの以上に確かな企て達成への第一歩を期待することは不可能である、ということである。いずれにせよ、これ以上の正確さと最低限のリスクで、どんな危うい質問や詮索をすることもなく、明日のいついつの時間にこれこれの老婆が、暗殺を計画している当の相手が家にまったく一人でいるということを、その前日に確実に知るのは難しいことであろう。