罪と罰90(2-7)

 ラズミーヒンを見つけ出すのは訳なかった。ポチンコーフの建物の新たな借家人のことはすでに知られており、屋敷番はすぐ彼に行き方を教えてくれた。すでに階段の途中から、大人数の集まりのざわめきと活気あふれる声を聞き分けることができた。階段に面したドアは外に開け放たれていた。喧しい声と議論でがやがやしていた。ラズミーヒンの部屋はかなり広く、15人ほどの集まりになっていた。ラスコーリニコフは玄関で待った。そこの仕切の向こうでは、二人の家主の女中が、二つの大きなサモワールと家主の台所から運ばれてきた瓶に皿、それにピローグと前菜を載せた諸々の大皿の配膳やらに奔走していた。ラスコーリニコフはラズミーヒンを呼びに行かせた。彼は歓喜して走り寄ってきた。一目で彼が尋常じゃないほど沢山飲んでいることが分かった。ラズミーヒンはどんなに飲んでもすっかり酔っぱらうことはまずできなかったが、今回はどうもそうらしかった。

 

 「おい」ラスコーリニコフは気ぜわしく言った。「賭けはお前の勝ちだ、それから自分の身に何が起こるかなんて実際誰も分かりゃしない、てことを言うためだけに来た。中に入ることはできない。えらく弱ってて今にも倒れそうなんだ。だからよろしくやってくれ、それじゃ!でも明日には僕のとこに来てくれ・・・」

 

 「おいおい、家まで送って行くって!だってお前自分で弱ってるって言ってるじゃないか、だったら・・・」

 

 「だが客は?今しがたこっちをのぞきこんだ天然パーマの彼は誰だい?」

 

 「彼?知るか!おじさんの知り合いに決まってる。でもまあ自分で勝手に来たのかもしれんが・・・おじさんに残ってもらうよ。これがもう本当にいい人なんだ。お前が今知り合いになれないのが残念だ。だが連中のことなんか何もかも知ったことか!今やあいつらにとって俺なんてどうでもいいんだから。それに俺は酔いを冷まさないと。だからロジオン、お前はいいタイミングで来てくれたよ。あともう2分いたら、俺は向こうで殴り合いのけんかをおっ始めるところだったんだから。本当に!ああいう馬鹿なことをほざいているからさ・・・。人間てやつが仕舞にはどれほど手に負えないほらふきになるかなんて、お前には想像もつくまい!でも、想像もつかないなんてことあるか?俺たち自身は嘘をつかないとでも?でもまあ言わせておくさ。そうすりゃ後でほらも出なくなるだろう・・・。ちょっと寄ってけよ。ゾーシモフを連れてくる。」

 

 ゾーシモフはむさぼりつかんばかりにラスコーリニコフに飛びついた。彼にある特別な好奇心があったのは明らかだった。やがてその表情は晴れ渡った。

 

 「すぐ眠ること。」できる限りにおいて患者を診察すると、彼は診断を下した。「だが夜に備えて一つ服用した方がいいだろうな。飲むかい?さっき準備しておいたんだ・・・散薬を一つ。」

 

 「二つでも。」ラスコーリニコフが答えた。

 

 散薬はその場で飲まれた。

 

 「お前自身が彼を送ってってやるのは大変結構なことだ。」ゾーシモフがラズミーヒンに意見した。「明日どうなるか見てみよう。にしても今日は悪いどころじゃない。さっきとはえらい違いだ。生きてるうちは常に学べ、か・・・」

 

 「なあ、ゾーシモフがついさっき俺に何てささやいたと思う。俺たちが出てく時さ。」通りに出るなりラズミーヒンがぶっちゃけた。「ロジオン、俺はお前に全部そのまま言っちゃうよ。だってあいつらはあほうなんだから。ゾーシモフは俺に、道すがらお前とくっちゃべって、お前にしゃべらせて、後でその内容を自分に話すよう指示したんだ。なぜって彼には考えがあってだな・・・お前が・・・頭が狂ってしまったかあるいはそれに近い状態なんじゃないかという。考えてもみろっつうの!第一に、お前は奴より三倍賢い。第二に、お前の頭がおかしくなってないなら、奴にそうした馬鹿げた考えがあることなんてお前にとっちゃどうでもいいはずだ。それから第三に、この馬鹿げた考えの主は、自分の専門は外科医なんだけれども、今は心の病に夢中になっていてだな、でその、お前についての考えを彼に決定づけたのは、お前が今日ザメートフと交わした会話なのさ。」

 

 「ザメートフがお前さんに何もかも話したのかい?」

 

 「全部だ。しかもうまいこと話したよ。今や俺は何から何まで理解しているんだ。ザメートフのように・・・。それで、そう、一言で言えばだな、ロージャ、実はその・・・俺は今ちーっと酔っぱらってるな・・・。だがそんなことは何でもない・・・肝心なことはだな、その考えは・・・分かるか?彼らのもとに本当にたまたま現れたってことさ・・・分かるだろ?つまり彼らの誰もがそれを声に出して言う勇気はなかった。なぜってそのたわごとがばかばかしいことこの上ないから。特に例の染色工が捕まって、それらがみんな意味を失って、雲散霧消した今となっては。なんだって彼らはあんなあほうなんだ?俺はあの時ザメートフを軽く殴っちまったよ。――これはここだけの話しだぞ、ロジオン。頼むからお前が知ってるのをほのめかすのもやめてくれよ。奴はデリケートな男なんだと分かったよ。ラヴィーザのとこであったんだよ。だが今日、今日すべてが明らかになった。重要人物は例のイリヤ・ペトローヴィチさ!彼があの時、警察署でお前が失神したことにつけこんだんだ。だが後になって自分でも恥ずかしくなったんだな。俺は知ってるぞ・・・」

 

 ラスコーリニコフは貪るように聞き耳を立てていた。ラズミーヒンは酔っぱらって口に締まりがなくなっていた。

 

 「僕があの時失神したのは、蒸し暑くてペンキの匂いがしてたからだよ。」とラスコーリニコフは言った。

 

 「他にもあるさ!ペンキだけじゃないぞ。丸一か月病気がゆるゆる進行していたんだ。ゾーシモフが証人だ!それにしてもあの青二才が今どれほどぐったりきてるか、まあお前には想像もつくまい!“俺は彼の小指にすら値しない!”なんて言ってるからな。お前さんのことだ、つまり。彼には、ときどきだが、ロジオン、殊勝な心がけが出てくるんだよ。しかしレッスン、“クリスタル宮殿”で彼につけてやった今日のレッスンは、いやもう完璧だな!だってお前は最初奴を脅かしておいて、痙攣させるところまで追い込んだんだから!お前はまた奴に得たいの知れないたわ言をほとんど丸々信じさせておいて、その後突然、彼にベロを突き出したんだからな。“そら、ざまあ見ろ!”と言わんばかりに。

 

 完璧だよ!今なんて圧倒されて、ぼろぼろになってるぜ!お前は大したもんさ。確かにそうしてしかるべきさ。ああ全くなんで俺はそこにいなかったんだ!あいつは今お前に会いたくてしょうがいないんだから。ポルフィーリーもお前と知り合いになりたがってるし・・・」

 

 「あー・・・あの人も・・・ところでなぜ僕は狂人にされちゃんたんだい?」

 

 「つまりその狂人てわけじゃないんだ。ロジオン、俺はどうもお前にしゃべり過ぎちまったみたいだな・・・あのな、さっき彼に強い印象を与えたのは、お前がたったひとつの点だけに興味を持っている、ということなんだ。今となっちゃなぜ興味を引くのかは明らかなんだけれども。全ての状況を知ってるからね・・・このことがどれほどお前をあの時いらいらさせたか、病気と密接に結びついていたか・・・俺は、ロジオン、ちょっと酔っぱらってる。ちょっとだけだ。何だか分からんが、彼には何かしら自分なりの考えがあるのさ・・・お前に言っておくけどな、心の病に夢中になってんだよ。ただお前は気にするなよ・・・」

 

 30秒ほど二人は口をつぐんだ。

 

 「なあ、ラズミーヒン」ラスコーリニコフが沈黙を破った。「僕はお前に直接言いたいことがあるんだ。僕はついさっき人が亡くなるのに立ち会った。一人の役人が亡くなったのさ・・・僕はそこで自分の金を全部渡してきた・・・それからこんなことも。今さっき僕は一個の生き物にキスをされたんだ。そいつは、もし僕が誰か殺すなら、やはりそいつも・・・一言で言うならば。僕はそこでさらに別の生き物に会った・・・炎の羽飾りを付けた・・・だが僕は訳の分からぬことを言いまくっているな。とても弱っているんだ。支えてくれよ・・・だってすぐ階段だろ・・・」

 

 「どうしたんだ?どうしたんだよ?」不安になったラズミーヒンが尋ねた。

 

 「頭がちょっとくらくらするんだ。けど問題はそこじゃなくて、俺の気持ちが沈みに沈んでいることにあるんだ!まるで女みたいに・・・実際のところ!見ろよ、あれは何だ?見てみろよ!見てみって!」

 

 「一体どうした?」

 

 「本当に分からないのか?僕の部屋に明かりが点いてる、見えるだろ?隙間に・・・」

 

 彼らはもう最後の階段の前、家主のドアの脇に立っていた。実際、ラスコーリニコフの小室に明かりが点いているのが下から確認できた。

 

 「妙だな!ナスチャかな、もしかすると。」とラズミーヒンが言った。

 

 「この時間に彼女が僕のとこに来たことは一度もない。それに彼女は大分前から寝てるし。だが・・・僕にはどうでもいいことだ。それじゃ!」

 

 「どういうことだ?俺はお前を送ってきてるんだ、一緒に中に入ろうぜ!」

 

 「一緒に中に入るってのは分かるんだが、僕としてはここでお前と握手して、ここでさよならしたいとこだな。さっ、手を出してくれ、それじゃ!」

 

 「どうしたんだ、ロージャ?」

 

 「何でもないさ。さあ行こう。お前が証人だな・・・」

 

 彼らは階段を上り出した。もしかするとゾーシモフが正しいのかもしれない、という考えがラズミーヒンの頭をよぎった。“くそっ!俺のおしゃべりのせいで調子を崩しちまったぞ!”彼は独りつぶやいた。ドアの前まで来ると、突然彼らは部屋の中で交わされている声を耳にした。

 

 「一体こりゃどういうこった?」ラズミーヒンが大声で言った。

 

 ラスコーリニコフが先にドアに手をかけ外に開いた。開くと敷居の上で釘付けされたように立ち尽くした。

 

 彼の母と妹がソファの上に腰を下し、すでに一時間半も待っていたのだ。なぜ彼は彼らの到来を全く予期していなかったのか、彼らのことを全く気にしていなかったのか、今朝彼らが出発して、向かっており、間もなく到着するという再度に及ぶ通知があったにもかかわらず。この一時間半をフルに使って、彼らは競うようにしてナスチャを質問攻めにした。彼女は今も彼らの前に立っており、すでに彼らに全内幕を語り果せていた。彼が“今日抜け出し”、病んでおり、話から明らかなように、間違いなくうわ言を言っているということを聞いたとき、彼らは驚愕して茫然自失した。“なんてこと、彼に何が!”二人は泣いた。二人はこの1時間半の待ち時間ではりつけの苦しみを味わっていた。

 

 喜びに満ちた、熱狂的な叫びがラスコーリニコフの登場を迎えた。二人は彼に飛びついた。だが彼は死人のように突っ立っていた。耐え難い不意に現れた意識が雷のように彼を貫いた。彼らを抱きしめる腕すら上がらなかった。できなかったのだ。母と妹は彼を抱き、キスし、笑い、泣いた・・・。彼は一歩踏み出すとよろけ、床の上に倒れ、失神した。

 

 狼狽、恐怖の叫び声、嘆き・・・敷居の上に立っていたラズミーヒンが部屋の中に飛び込み、病人をその力強い腕で抱えた。病人は瞬く間にソファの上に寝かされていた。

 

 「大丈夫ですよ、大丈夫です!」彼はラスコーリニコフの母と妹に大声で言った。「これは失神で、大したことないですよ!ついさっき医者が言ってました。彼はずっと良くなった、彼はすっかり健康だと!水を!ほらもう彼は分かりかけてる、ほら意識を取り戻りました!・・」

 

 そして彼はドゥーネチカの手をぐいと掴むと、それは脱臼させかねんばかりの勢いだったのだが、“ほらもう意識を取り戻した”ということを見届けさせるために彼女を屈ませた。母親も妹も感謝感激しつつラズミーヒンのことを神のように見なしていた。彼らはすでにナスターシャから、病気の間、彼らのロージャにとってこの“気が利く若者”がどういう存在であったかを聞いていたのだった。ちなみに彼のことを、まさにその晩、ドゥーニャとの親密な会話の際、そう呼んだのはプリヘーリヤ・アレクサンドロヴナ・ラスコーリニコヴァ自身である。