罪と罰92(3-1)

 「なんてことを!」母親が興奮して叫んだ。

 

 「本当に医者自身がそんな風に言ったんですか?」怯えたアヴドーチヤ・ロマーノヴナが尋ねた。

 

 「言いました。でもそんなんじゃないんですよ。絶対にそんなんじゃないんです。彼は薬みたいなものもくれましたよ。粉末状の。僕が見ましたから。であなた方がちょうどやってきた・・・ちぇっ!・・あなた方は明日来ればよかったのに!僕らが出てきたのは正解でした。1時間後にはゾーシモフ自身があなた方にすべてちゃんと報告しますよ。なんせあいつは酔っぱらってないんで!僕も酔いが醒めているでしょうし・・・ところで僕はなぜこれほどに酔っぱらっているのか?それは口論に巻き込まれたせいなんですよ。いまいましい奴らめ!口論はしないと誓ったのに!・・あんな馬鹿なことを言うから!

 

あやうく殴り合いになるところでしたよ!向こうには叔父を残してきました。仕切り役として・・・いったい信じられますか。連中は完全なる没個性を求めていて、そこに妙味を見出しているんです!いったいどのようにして自分自身にならないでいるか、どのようにして自分に似ることを最も少なくするか!まさにこのことが彼らにおいては最高の進歩とみなされているんです。せめて彼らが自分なりにくだらぬことを言ってくれていればいいいのですが、実際には・・・」

 

 「あのー」おずおずとプリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが話の腰を折った。だがそれは火に油を注いだだけであった。

 

 「あなたはどう思いますか?」ラズミーヒンが大声で言った。一層声を張り上げつつ。「あなたは僕が彼らの駄弁を支持していると思いますか?ナンセンスですよ!僕はくだらぬおしゃべりをしているのが大好きなんです。くだらんことを言うのはあらゆる生物に対する人間の唯一の特権ですから。駄弁を弄し、真理にまでたどり着かん!僕が人間であるのはくだらんことを言うからです。たった一つの真理にもたどり着いていないのは、それまでに14回ばかしも説を唱えていないからです。ひょっとすると114回かもしれませんが。でもそれはある意味名誉なことです。我々はと言えば自分の頭でくだらないことを言うことすらできない!僕にくだらんことを言ってみろ、だが自分なりにだ。そん時はキスしますよ。自分なりにくだらないことを言う、だってそのほうが、もっぱら他人の考えに則って語る真実よりましでしょうから。第一の場合我々は人としてある。でも第二の場合は鳥にすぎない!真理はどこにも行きやしませんが、生を打ちのめしてしまうことはできる。諸々の例がありました。さあ今の我々はどうです?我々はすべからく、例外なしに、科学、進歩、思惟、発見、理想、欲求、自由主義、理性、経験、あらゆるもの、それはもうあらゆるものに関してまだギムナジウムの予備科の一年生なんです!他人の考えで済ますことが気に入ってしまって、それが記憶に刻まれてしまったんです!果たしてそうなんでしょうか?僕が言っていることは正しいんでしょうか?」ラズミーヒンが大声で言った。二人のレディの手を揺らし握りしめながら。「どうでしょう?」

 

 「ああ困ったわ、私には分からないわ。」と可哀そうなプリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが言った。

 

 「まあそうですね・・・全面的にあなたに賛成というわけでじゃありませんけど。」アヴドーチヤ・ロマーノヴナは真面目な顔をしてそう言うと、すぐ「痛っ」と叫び声を上げた。それほどまでに今回彼は彼女の手を握りしめたのだ。

 

 「そうなんですね?あなたはそうおっしゃってくれるんですね?そうであればあなたは・・・あなたは・・・」彼は歓喜して叫びだした。「あなたは善良、清廉、知性そして・・・理想の泉です!お手を貸してください、どうか・・・あなたもお手をお貸しください。僕はここで今跪いてあなた方のお手にキスをしたいのです!」

 

 そうして彼は歩道のまん中で膝立ちになった。幸いにもこの時人通りはなかった。

 

 「やめてください。お願いですから。何をしているんですか?」動揺極まったプリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが大声で言った。

 

 「立ってください。立ってください!」笑いながらもやはり動揺したドゥーニャが続いた。

 

 「お手を貸していただくまでは何としても!そうなれば満足もし、立ちもし、さあ行きましょうともなります!僕は不幸な馬鹿野郎です。僕はあなた方にふさわしくありません。酔っぱらってるし、恥ずかしいとも思ってます。僕はあなた方を愛するに値しません。ですがあなた方に深い敬意を示すこと、これは各人の義務です。もしその人が紛うことなき畜生でさえなければ!それで僕は跪いたのです・・・さあここがあなた方の宿です。このことだけをもってしても、ロジオンが先ほどあなた方のピョートル・ペトローヴィチを追い出したのは間違いじゃなかった!どうしたら彼はあなた方をこんな部屋に泊めさせることができたんでしょうね?これは恥ですよ!ここにどんな人間を出入りさせているかご存知ですか?だってあなたは許嫁じゃないですか!あなたは許嫁なんですよね、そうですよね?であるなら言わせてもらいますが、こんなことをするんじゃあなたの婚約者は卑劣漢ですよ!」

 

 「あのう、ラズミーヒンさん、ブレーキが利かなくなってます・・・」プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが口火を切ろうとした。

 

 「そう、そうですね、あなたのおっしゃる通りだ。僕はブレーキが利かなくなっています。お恥ずかしい!」ラズミーヒンははっとして言った。「ですが・・・ですが・・・あなたは、僕がそう言うからって僕に腹を立てちゃいけません。なぜって僕は誠意をもって言ってるんであって、・・・ってわけじゃないんですから、うーむ!これじゃずるいか。一言で言えば、僕があなたに・・・というわけじゃないからです。うーむ!・・・まあ、いいでしょう。必要ありませんね。なぜかは言いません。勇気がない!・・僕らはみなさっき、彼が入ってきた時、あの男が我々の側の人間でないことを理解しました。なぜって彼が美容院でパーマをかけているからでも、自分の知性を見せつけようと躍起になっていたからでもありません。そうではなく、彼が観察者で利用する人間だからです。彼がジューで気取り屋だからです。それは明らかです。あなた方は彼が賢いと思いますか?いえ、彼は馬鹿です。馬鹿なんですよ!いったいあなた方にふさわしい相手なのかどうか?おお神よ!お分かりでしょう。ご婦人方」彼は突然立ち止まった。すでに部屋へと続く階段を上がっていた。「僕んとこにいる向こうの連中はみな酔っぱらっていますが、その代わりみな正直です。それから僕らは嘘もつきますけど、なぜってそりゃ僕も嘘をつきますから、ですが諸々の嘘は最終的には正しさにもつながっていくんです。なぜなら僕らは高潔な道を歩んでいますから。ピョートル・ペトローヴィチは・・・高潔な道を歩んでいません。僕は連中を今さっき口汚く罵りもしましたが、彼ら全員をそりゃもう尊敬しているんです。ザメートフのことは尊敬してないにしても、そりゃもう愛くるしく思っているんです。なぜって、犬ころみたいですから!あの畜生のゾーシモフでさえそうです。なぜって正直で、仕事を知っていますから・・・。でもまあ十分でしょう。すべて語られ、許された。許されてますかね?どうです?さあ、行きましょう。僕はこの廊下を知っています。来たことがあるんです。ほらここ、3番の部屋でスキャンダルがありましてね・・・それであなた方はここのどこです?何号室ですか?8番?さあそれじゃ、夜の間は鍵をかけて閉じこもっていてください。誰も中に通さないでください。15分後には知らせを持って戻り、そして30分後にはまたゾーシモフのを持って来るので、お分かりになる!さようなら、もう行きます!」

 

 「ああ、ドゥーネチカ、どうなっちゃうんだろうね?」プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが不安そうに、おどおどしながら娘に話しかけた。

 

 「大丈夫よ、母さん」帽子と婦人用マントを脱ぎつつ、ドゥーニャが答えた。「神様ご自身があの人を私たちに遣わしてくれたんだわ。お酒の場から直接来たみたいだけど。彼は信頼できる。間違いない。そして彼が兄さんのためにしてくれたことも全部・・・」

 

 「ああ、ドゥーネチカ、誰も分かりゃしないよ、彼が来るかどうかなんて!よくもまあ私はロージャを残してくることができたもんだ!・・全く、全く違う形で会うことを想像していたよ!あの子の厳しかったこと、まるで私たちのことを喜んでないみたいに・・・」

 

 彼女の目に涙が浮かんだ。

 

 「ちがうわ。そうじゃないのよ。母さん。よく見てなかったのよ。ずっと泣いてたから。彼は重い病気のせいでひどく滅入っているの、これがすべての原因よ。」

 

 「ああ、病気は本当にいやだね!何か起きる。何か起きるよ!それにしてもよくもあの子はお前にあんな口を聞けたもんだね、ドゥーニャ!」その考えをすべて読み取ろうとおずおずと娘の目をのぞき込みつつ母が言った。彼女は、ドゥーニャ自身がロージャを擁護していること、つまり彼を許していることから、すでに半ば元気づけられていた。「明日には考えを改めるに違いないよ。」その考えを最後まで探り出そうとして彼女は言い足した。

 

 「私は、彼は明日も同じことを言うに違いないと思う・・・その件については。」アヴドーチヤ・ロマーノヴナはぶっきらぼうに答えた。言うまでもなくその件は難問だった。なぜならまさにそこにこそ、プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが今言及することを過度に恐れているポイントがあったからだ。ドゥーニャは母のところへ行ってキスをした。母は黙って彼女を強く抱きしめた。その後ラズミーヒンの帰りを不安な気持ちで待って腰を下ろすと、おずおずと娘の姿を目で追い始めた。彼女は腕を組み、やはり帰りを待って、部屋の中を行きつ戻りつし始めた。一人考えつつ。こうして考えながら部屋の中をあちこち歩き回るのはアヴドーチヤ・ロマーノヴナのいつもの習慣だった。そして母はいつもその時間に彼女の沈思を乱すことをなんとなく恐れていた。

 

 酔いの中、突然燃え上がったアヴドーチヤ・ロマーノヴナに対する情熱は、ラズミーヒンをもちろん滑稽にした。だがアヴドーチヤ・ロマーノヴナを見れば、取り分け今、腕を組んで部屋の中を物憂げに考え込みながら歩き回っている彼女を見れば、多くの人は彼を許したかもしれない。彼の常軌を逸した状態のことは言うまでもなく。アヴドーチヤ・ロマーノヴナはすばらしく美しかった。背が高く、驚くほど均整が取れ、意志が強く、自信に満ちている。それは彼女のあらゆる動作の中に表れていた。しかもそれでいて彼女の仕草の柔らかさ、優雅さを損なうようなことは一切なかった。その顔は兄に似ていたが、彼女を美人と言うこともできた。髪は濃い亜麻色で、兄よりいくらか明るかった。瞳はほぼ黒、輝いていて誇り高く、それと同時に時々、時として並外れて善良になった。顔色は青ざめていたが、病的なそれではなく、その表情は生気と健康で輝いていた。口はやや小さく、下の唇はみずみずしく真っ赤で、下あごと共にわずかに前に出ていた。それはこの美しい顔における唯一の欠点であったが、それに特別な特徴と、ついでながら高慢さのようなものを与えていた。彼女の表情においては常に楽しみより真面目さがまさっており、考え深げであった。その代わりその顔には笑顔がよく映えた。楽し気で、若々しい、屈託のない笑顔が!情熱的で率直、素朴にして誠実、豪傑のように力強い、酔ったラズミーヒンが、似たような人を一度も見たことのなかった彼が、一目で冷静さを失ったのも無理はなかった。しかもまるで仕組まれたかのように、初めて彼がドゥーニャを見たのは、兄との再会という愛と喜びに沸くすばらしい瞬間だったのだ。彼は後に、彼女の下唇が兄の血も涙もない言いつけに対し憤激のあまりぶるっとなるのを見た。――抗うことはできなかった。

 

 とはいえ彼は、さっき酔った挙句階段でうっかり口をすべらせた時、本当のことを言ったのだ。ラスコーリニコフの風変わりな大家、プラスコーヴィヤ・パーヴロヴナがアヴドーチヤ・ロマーノヴナとの間だけでなく、プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナとの間に対してすら嫉妬するかもしれない、と。プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナはすでに43歳だったにもかかわらず、彼女の顔は昔の美貌の名残をまだ留めていた。また実年齢よりずっと若く見えた。そうしたことは、魂の明朗さ、感受性の若々しさ、誠実で純粋な熱き心を老年に至るまで保っている女性に大抵見受けられることである。ついでながら、これらすべてを保つことが、年老いてなお自身の美しさを失わないための唯一の方法である。彼女の髪はすでに白く、うすくなり始め、小じわが大分前から目の周りに放射状に出ていた。頬は落ちくぼみ、心配事と悲哀でやせこけていた。それでもなおこの顔は美しかった。それはドゥーニャの顔の生き写しであった。ただしそれは20年後のもので、下唇の格好を除いてだ。彼女のそれは前に出ていなかった。プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナは感受性豊かであったが、嫌味になるほどではなかった。遠慮がちで妥協的であったが、一定のラインを超えることはなかった。彼女は多くのことを譲ることができたし、同意することもできた。たとえそれらが自分の考えに反していても。しかし常に、誠実さ、法規、最後の信念から成る一線が存在していて、たとえどんな状況でも彼女にその線を超えさせることはできなかった。

 

 ラズミーヒンが出てからきっかり20分後に、小さいが、あわただしいノックが2回響いた。彼は戻ったのだ。

 

 「入りませんよ。時間がない!」ドアが開かれると、彼は慌ただしく言った。「ばっちし寝ています。ぐっすり、すやすやです。10時間くらい寝てくれてるといいんですが。彼のとこにはナスターシアがついてます。僕が戻るまで離れないよう言いつけてきました。これからゾーシモフを引っ張ってきます。彼があなた方にちゃんとした報告をしますよ。そしたらあなた方も横になれます。疲れが限界にきているのは分かってますから。」

 

 そして彼は、廊下伝いに彼らの元を立った。

 

 「機敏で・・・献身的な若者だこと!」喜びにあふれるプリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが声を上げた。

 

 「すばらしい人みたいね!」いくばくかの熱気を帯びてアヴドーチヤ・ロマーノヴナが答えた。再び部屋の中を行きつ戻りつし始めつつ。