「罪と罰」78(2-6)

 彼は以前にもしばしばこの曲がり角を含む、広場からサドーバヤ通りに通じている短い横町を使っていた。最近彼はこうしたあらゆる場所をふらつきたい誘惑に駆られていたほどであった。やり切れない状況になっていく中、“一層やり切れなくなるために”。今彼は何を考えるでもなくそこに立ち入った。そこには大きな建物があって、居酒屋の他食料や酒を扱う店がすべてを占めていた。その中からひっきりなしに、まるで“近隣”を歩く時のように、帽子もかぶらずワンピースだけという出で立ちの女が走り出ていくのであった。彼らは歩道上の二三カ所に分かれて屯っていた。主には地階への降り口付近で、そこへは二つの踊り場を経由して降りて行くことができるのだが、様々な気晴らしのための店があるのであった。その中の一軒からはこの時、物を叩く音やどんちゃん騒ぎの音が通り中に響いていた。ギターが鳴り、歌を歌っていて大変楽し気であった。女性の大集団が入り口付近に屯していた。階段に腰を下ろしているものもいれば、歩道に座っているものもおり、立ってしゃべっているものもあった。

 

 脇のペーブメントでは、巻煙草をくわえた酔っ払った兵士が大声で悪態をつきながらふらふら歩いていた。どこかに入りたいのだがどこに入るべきか忘れてしまったような具合であった。ぼろぼろの服を着た男は別のぼろ服の男と罵り合いを演じており、さる泥酔した男は通りを横断して寝転んでいた。ラスコーリニコフは女性の集団のところで立ち止まった。彼女たちはしゃがれ声でしゃべり、全員が更紗のワンピースにやぎ革の靴、無帽という出で立ちであった。人によっては40を超えている者もいたが、あとは17歳くらいまでで、ほぼ全員目の周りに殴られた痕があった。

  

 なぜだかむこう、下から聞こえて来る歌声、それにあの叩く音や騒ぎ声が一塊となって彼の心を引きつけていた。そこからは、大きな笑い声と金切声の間に、雄々しい旋律を歌う甲高い裏声とギターに合わせ、誰かが踵で拍子を取りながら踊りに踊っているのが聞こえていた。彼は暗澹とした心持ちで物思いに耽りながら耳を傾けていた。入り口のところで身を乗り出し、歩道の物陰から好奇心に満ちた目で覗き込みながら。

 

 見目麗しき交番勤務のきみ

 やたら私を打たないで!

 

 歌い手の甲高い声が流れ出てくる。ラスコーリニコフは歌をちゃんと聞きたくてたまらなくなった。まるでそこに肝心なことの全てが存在しているかのように。

 

 “行かないのか?――彼は考えた。――馬鹿笑いしてる!酔っ払ってら。まあいい。しこたま飲んで酔っ払わないのか?”

 

 「寄らないんですか、旦那さん?」女の一人が十分よく通るまだあまりしゃがれていない声で尋ねた。彼女は若く、嫌な感じは全くなかった。この集団の唯一の例外だ。

 

 「おや、美人さんじゃないか!」体を起こして彼女の方を見ると、彼は答えた。

 

 彼女は笑顔になった。お世辞がひどく気に入ったのだ。

 

 「あなただってとっても二枚目よ。」と彼女が言った。

 

 「またひどい痩せ方だね!」別の女が低い声で言った。「退院したばかりなんじゃないの?」

 

 「将軍の娘さんたちって感じやろ、まっ鼻はみんなつぶれているけどな!」突然近寄って来た男が話に割り込んできた。一杯機嫌で、ボタンを掛けずに百姓外套を羽織り、ずるそうな笑みを浮かべている。「全くなんちゅう慰みや!」

 

 「寄って来なよ、来たんだったらさ!」

 

 「行きますよ。たまんねぇな!」

 

 そして彼は急降下して行った。

 

 ラスコーリニコフは先へと移動した。

 

 「あのう、旦那さん!」背後から娘が叫んだ。

 

 「何だい?」

 

 彼女はどぎまぎし始めた。

 

 「私は、ねえ旦那さん、いつもならあなたと喜んで時間を共にするんだけど、今はそのどうしてかあなたの前だと良心が休まらないの。素敵なナイトさん、酒代の6コペイカ私にください!」

 

 ラスコーリニコフは手の中に入った分だけ抜き出した。5コペイカ3枚だった。

 

 「ああ、なんて優しいんでしょう!」

 

 「名前は何というんだい?」

 

 「ドゥークリダに尋ねてください。」

 

 「前代未聞だわ、こりゃ一体何よ」突然集団の中の一人が、ドゥークリダに向かって頭を振りながら言った。「そんな風に頼むやり方なんて知りもしなかったわ!私ならただもう良心だけのために失敗する気がするわ・・・」

 

 ラスコーリニコフは好奇心に満ちた目で話し手の方を見た。それはあばた面の百姓娘で、年は30くらい、全身あざだらけで上唇が腫れていた。彼女の物言いと非難は平静かつ本気であった。

 

“ どこかで――先に歩きながらラスコーリニコフは考えた。――どこかで読んだことある。ある死刑判決を受けた者が、死の1時間前にしゃべったか考えたとか。仮にどこか高い所、絶壁の上、しかも非常に狭い場所、二足分しか置けないような場所で生きなければならない、周りは深淵、大洋、永遠の闇、永遠の孤独、永遠の嵐。1アルシン(約70㎝)の場所に立ったまま、一生、千年、永遠にいなければならないとしたら――そんな風に生きた方が、今死ぬよりもましだ!、と。

 

 とにかく生きて、生きてさえいれば!どんな風に生きようとも、生きてさえいれば!・・何という真実だろう!神よ、何という真実ですか!卑劣なる人間!彼をそれがゆえに卑劣と呼ぶものもまた卑劣だ。”1分後彼はそう付け足した。

 

 彼は別の通りに出た。“おや!“クリスタル宮殿!”さっきラズミーヒンが言ってた“水晶宮殿”だ。にしても俺は何がしたかったんだっけ?そうだ、読もうとしてたんだ!・・ゾーシモフが言ってたな、新聞で読んだとか・・・”

 

 「新聞ありますか?」彼はだだっ広くて、小ざっぱりさえした、数部屋からなる飲食店兼業宿泊施設(もっともがらがらだったのだが)に足を踏み入れると尋ねた。2、3人の客が紅茶を飲んでおり、ある奥の部屋には4人くらいからなるグループが座を占め、シャンパンを飲んでいた。ラスコーリニコフには、彼らの中にザメートフがいるように思われた。もっとも遠くからでよく見分けられなかったのであるが。

 

 “だとしてもかまうもんか!”と彼は思った。

 

 「ウォッカになさいますか?」ウェイターが尋ねた。

 

 「お茶をくれ。それから新聞を、古いやつ、大体今日から5日分くらい持って来てくれ。そしたら君にウォッカ分やろう。」