2012-01-01から1年間の記事一覧
「ほら、まさにこの瓶がその金によるものでございます。――マルメラードフはラスコーリニコフの方だけを向いてしゃべった。――30コペイカくれましたよ。自分の手でね。最後のお金です。あっただけ全部です。自分で見ましたから・・・。何も言わず、ただ黙っ…
マルメラードフは話すのを止めると笑いそうになった。すると急にそのあごが跳ねるように動き出した。もっとも彼はこらえていたが。この居酒屋、堕落した様子、干草船での五日間それにウォッカの瓶、こうしたものと妻と家族に対する病的な愛情が一緒になって…
「それ以来、旦那様」しばしの沈黙の後彼は続けた。「それ以来、ある不都合な出来事をきっかけにまた悪意ある人々による密告のために、――これはダリヤ・フランツェーヴナがけしかけたのですが、どうやらそれは彼女に対してしかるべき敬意を欠いたためのよう…
芥川龍之介は「或阿呆の一生」の中で「新生の主人公ほど老獪な偽善者に出会ったことはなかった。」と述べているが、いったいこれはどういうことを意味しているのだろうか。 「新生」は藤村の実生活において実際に起きた姪との恋愛事件を赤裸々に綴った小説と…
丑松は告白し新たな人生を切り開いた。猜疑心に満たされていた彼の心は急に晴れ渡った。ひょっとしたら丑松は告白したことにより内面的な変化を経験したのかもしれない。「人間は境遇により、あるいは修養により、次第に変化するには違いないが、根本的な烈…
今度はあなたにお尋ねします。旦那様。私の方からプライベートな質問をさせて下さい。貧乏だけれど真面目な娘がまともに働いて沢山稼げると思いますか?・・1日で15コペイカになりませんよ、旦那様。仮にまじめであったとしても特別な才能でもなければ。…
「お若い方」再び頭を上げながら彼は続けた。「あなたの顔に私はある種の悲しみのようなものを読んだのです。入って来るなりそれがぴんときたので直ぐあなたに話しかけました。と申しますのは、あなたに身の上話をすることでこのお祭り好きな連中の前で自分…
「破戒」のクライマックスは、何と言っても丑松が生徒たちの前で穢多であることを告白する場面であるが、彼はなぜ父の「戒」を破って告白する道を選んだのであろうか。 小説を一読した印象からすると、猪子蓮太郎の死がその要因である。この死をきっかけに丑…
正宗白鳥が終始変わらぬ敬意を寄せていた島崎藤村。大学生の頃「新生」を読みかけたが最後まで読めなかった。今回再挑戦するつもりで練馬区の図書館に出かけたのだが、島崎藤村の文庫本が書架に置いてない。島崎藤村のようなビッグネームなら文庫本でもいく…
先日のブログで「作家の処女作にはその後の作品の萌芽がすべて含まれる」という考えについて書いた。この考えは正宗白鳥がどこかで書いていたような気がしていたので、所有している正宗白鳥の本をぱらぱらと探したが見つからなかった。代わりに見つけたのは…
「作家の処女作にはその後の作品の萌芽がすべてが含まれる」という考え方があり、僕自身もそういうもんだろうと思っていた。自分の経験からして人間が劇的に変わることなど有り得ないと思っているし、作家を作家たらしめた何らかの問題意識がその作家を離れ…
「いいえ、ありませんね。」ラスコーリニコフは答えた。「それはいったいどういうことです。」「あのですね、私はそこから来たのです、そしてもう五日目の夜でございます・・・」 彼はコップを一杯にしてから飲み干し、物思いに沈んだ。実際彼の服そして髪に…
「旦那様」彼は厳粛と言ってもいい調子で切り出した。「貧乏は悪徳ではない、これは真実です。私は知っております、飲酒もまた美徳ではありません、そしてこちらにはより一層真実が含まれております。ですが赤貧は、旦那様、赤貧は悪徳でございます。貧乏で…
ラスコーリニコフは人だかりに慣れておらず、すでに述べたようにあらゆる付き合いを避けていた。特に最近はそうだった。しかし今回は突然何かが彼を人々の方へ引き寄せた。何かが彼の中で起きた。それはまるで今までに経験したことのないような何かだった。…
ラスコーリニコフはすっかり動揺して出てきた。この動揺はますます強くなっていった。階段を下りながら彼は何度か立ち止まりさえした。それはまるで何かに急に打ちのめされたかのようであった。そしてとうとう、すでに往来に出た後であったが、彼は叫んだ。 …
青年の入った小さな部屋は、黄色い壁紙で、ゼラニウムが置かれており、窓にはモスリン製のカーテンがかかっていた。そこはこの時夕日に明るく照らされていた。《ということは、あの時も同じように日が差しているだろう!・・》――不意にラスコーリニコフの脳…
少し経つとドアにごく僅かな隙間ができた。住人は不信感をあらわにして隙間から来訪者をじろじろ見ていた。暗闇の中から光を放つ小さな目が見えているだけだった。フロアに多くの人がいるのを見て取ると、勇気付き全て開放した。青年は敷居をまたいで暗い玄…
彼が歩かねばならなかったのは少しだけだった。彼は自分のアパートの門から何歩なのか知ってさえいて、それはきっちり730歩であった。ある時彼はそれを数えたのだが、その時にはすでに空想にどっぷり浸かっていた。当時彼は自分でもまだこの己の空想を信…
服装を気にしない人であっても、日中そんなぼろを着て外出するのは憚られるであろうというほど彼はみすぼらしい格好をしていた。だがこの街区は服装で人を驚かすのは難しい区域であった。センナヤ広場に近いこと、いかがわしい店が多いこと、主として、この…
通りは猛烈に暑かった。それに加えてむんむんする熱気、人混み、至る所にある漆喰、建築用の足場、レンガ、ほこり、それに別荘を借りることのできないペテルブルク人であれば誰でも知っているあの独特な夏の臭気、――こうしたものが一斉に、それでなくてもす…
《何という大それたまねをしようとしているのだ、それでいながらなんというつまらないことを恐れているのだ。》奇妙な笑みを浮かべながら彼は考えた。《うむ・・・そうだ・・・すべては人の手の中にある、それでいてそのすべてをものにできないのは、ひとえ…
だからと言って彼はそれほど臆病でも、気が弱いわけでもなく、むしろ全くその逆でさえあった。だがしばらく前から彼は、ヒポコンデリーに似た苛立ち易い張り詰めた状態にあった。彼は自分の内に深く沈み込み、他人から遠く離れたところにいたので、女家主に…
7月の初め、この上なく暑い時間帯の夕方近く、ある青年がS横丁で又借りしている自分の小部屋から往来に出てきた。そしてゆっくりと、まるでためらっているかのように、K橋の方に足を向けた。 階段で女家主に出くわすことを、彼はうまく避けることができた。…