「罪と罰」6(1−1)

 彼が歩かねばならなかったのは少しだけだった。彼は自分のアパートの門から何歩なのか知ってさえいて、それはきっちり730歩であった。ある時彼はそれを数えたのだが、その時にはすでに空想にどっぷり浸かっていた。当時彼は自分でもまだこの己の空想を信じておらず、そのもやもやとした、けれども人を駆り立てるような厚かましさで自分を刺激していただけであった。そして今、一月が経ち、彼はもう別の見方をするようになりつつあった。また己の衰弱と逡巡をなぶるあらゆるモノローグにも関わらず、《もやもやとした》空想をすでに着手された計画と見なす習慣が意に反してまでもどうかして身についていた。もっとも依然として自分で自分を信じていなかったのではあるが。今回彼は自分の計画のために試験しようと足を運びさえしたのである。一歩ごとに彼の動揺はますます強まっていった。

 心臓のドキドキと発作的な震えを伴いながら、彼は一方の壁を水路に面し他方を〜通りに面するバカでかい建物の方へ近寄って行った。この建物はすべてちんまりとした住戸から成り立っており、あらゆる種類の手工業者――仕立屋、組立工、料理女、様々なドイツ人、売春婦、小役人などが住みついていた。出入りする人々が両方の門の下を頻りにくぐり、二つの中庭を動きまわっていた。そこには3、4人の掃除夫が勤めていた。青年は彼らのうちの誰とも会わなかったことに非常に満足すると、こっそり門をくぐって右に曲がり、ちょうど今階段の前にたどり着いた。階段は暗くて狭い《裏階段》であったが、彼はこうしたことすべてをすでに知って理解しており、この環境がまるまる気に入っていた。なぜならこのような暗がりでは好奇の目が向けられたとしても心配するに及ばないからだ。《今こんなにも恐れているのであれば、もしも本当にどうかして事に及ぶようなことになった場合、いったいどうなってしまうのだろう・・・》――4階を目指しながら彼はふと考えた。この時ある住戸から家具を運び出していた元担架兵が彼の行く手を阻んだ。彼はその住戸にある家庭持ちのドイツ人官吏が住んでいることを事前に知っていた。《してみると、このドイツ人が今越して行くということはすなわち、4階は、この階段区画のこのフロアは、しばらくの間婆さんの住戸だけが埋まっているということになる。これはいい・・・万一の場合には・・・》――再度考えを巡らせると彼は老婆の住戸の呼び鈴を鳴らした。呼び鈴は弱々しい音を立てた。それはあたかも銅ではなく、ブリキでできているかのような音であった。こうした建物の似通った小さい住戸ではほぼすべてがこんな呼び鈴なのだ。彼はすでにこの呼び鈴の響きを忘れていて、この独特な響きは今突如として彼に何かを思い出させ、ありありと想像させたかのようであった・・・そのため彼はびくっとさえなった。今回、彼の神経は弱り切っていたのである。