それに・・・それに最悪なのは、彼があんなにも粗野で、汚くて、その態度が居酒屋でのものだったということだ。そして・・・そして仮に彼が、彼もまた、まあ少しではあっても、そう確かにまともな人間である、ということを知っているとしたら・・・、まとも…
心配そうな難しい顔をしてラズミーヒンが目を覚ましたのは翌日の7時過ぎだった。多くの新たな思いがけない疑惑が突如として彼の前にその朝現れた。彼は、いつかそんな風にして目を覚ますことを、かつて想像だにしていなかった。 彼は昨日のことすべてを細部…
ほぼ一時間後に、廊下を歩く音と新たにドアをノックする音が響いた。二人の女性は、今度はラズミーヒンの約束を完全に信じて待っていた。そして実際、彼はゾーシモフを連れて来ることに成功した。ゾーシモフは、宴会を切り上げラスコーリニコフを診に行くこ…
「なんてことを!」母親が興奮して叫んだ。 「本当に医者自身がそんな風に言ったんですか?」怯えたアヴドーチヤ・ロマーノヴナが尋ねた。 「言いました。でもそんなんじゃないんですよ。絶対にそんなんじゃないんです。彼は薬みたいなものもくれましたよ。…
ラスコーリニコフは起き上がるとソファの上に腰かけた。 彼はラズミーヒンに対し軽く手を振った。母と妹に向けられた彼のとりとめのない、熱い慰めの言葉の奔流を制止するためである。そして彼ら二人の手を取り、二分ばかり黙って、ある時は一方の、またある…
ラズミーヒンを見つけ出すのは訳なかった。ポチンコーフの建物の新たな借家人のことはすでに知られており、屋敷番はすぐ彼に行き方を教えてくれた。すでに階段の途中から、大人数の集まりのざわめきと活気あふれる声を聞き分けることができた。階段に面した…
「あー、神父様!言葉はしょせん言葉なんじゃないですか!許すって!やっぱり彼は今日酔っぱらって帰って来たでしょうよ。轢かれてなかったら。着てるシャツが唯一ので、そこら中擦れ切れてて、ぼろぼろもいいとこ。あんな風になすべきこともせず横になって…
「なんてこと!あの人の胸がすっかりつぶれちゃってる!血が、血が!」絶望して彼女は言った。「上着を全部脱がさないと!ちょっと回って、セミョーン・ザハローヴィチ、もしできるなら。」彼女は彼に大声で言った。 マルメラードフは彼女を認識した。 「司…
カテリーナ・イヴァーノヴナは、例のごとく、空いた時間ができるとすぐ小さな部屋の中を行きつ戻りつすることに取り掛かっていた。窓からペチカまで行っては戻り、手をぎゅっと胸の前で組み、独り言ち、咳き込みながら。最近彼女はますますしげく長い時間自…
通りの真ん中に止まっていたのは、威勢のいい灰色の馬2頭がつけられた洒落た地主貴族の幌馬車であった。乗っている者はおらず、御者自身も御者台から降りて脇に立っており、馬は馬勒で抑えられていた。辺りは人がひしめき合っており、人だかりの前方には警…
「このペテルブルグに一体何が無いって言うんすか!」熱っぽく若い方が叫んだ。「父ちゃん母ちゃんをのぞきゃ何だってありますよ!」 「それ除きゃ、おめえよ、何でもあるわな。」教え諭すような態度で年配の方が同意した。 ラスコーリニコフは立ち上がって…
「ぐでんぐでんに酔っ払ってたんです。助けてください。ぐでんぐでんに。」先と同じ女の泣き叫ぶ声が早くもアフロシーニユシカの近くから聞こえていた。「ついこの間も首をくくろうとして、縄から下ろされたんです。今しがた私は店に出かけてて、娘っ子を見…
「いや」 「馬鹿を言え!」もどかしそうにラズミーヒンが大声を上げた。「お前に何が分かる?お前は自分に責任が持てないだろうが!それにお前はこのことについて何も分かっちゃいない・・・俺は何度となく全く同じように、人とけんか別れしてはまた歩み寄る…
彼は外に出た。ある激しいヒステリックな刺激のため全身が震えていた。そこにはしかし耐え難い愉悦の一部が存在していた。――とはいえ気分は沈み、恐ろしく疲れていた。その顏は歪み、何かしらの発作の後のようであった。疲労が加速度的に増していった。力が…
「いやー随分とまあ恐ろしいことを言いますね!」笑いながらザメートフが言った。 「ただしそれはみなただ言葉の上でのことにすぎなくて、実際にはまあ、うまくいかないでしょうね。言わせてもらいますが、私の考えでは、僕らは言うに及ばず、たとえ経験ある…
とうとう彼はそう言った。ほとんど囁き声で。自分の顔をザメートフの顔にこれでもかと近付けて。ザメートフは彼の顔をまじまじと見つめていた。身動きもせず、自分の顔を相手の顔から離すこともせず。後になってザメートフに何より奇妙に思われたことは、き…
「かしこまりました。これが今日の分でございます。ウォッカも飲まれますか?」 古い新聞と茶が出てきた。ラスコーリニコフは腰を落ち着けて探し始めた。“イズレル――イズレル――アツテキ――アツテキ――イズレル――バルトラ――マッシモ――アツテキ――イズレル・・・…
彼は以前にもしばしばこの曲がり角を含む、広場からサドーバヤ通りに通じている短い横町を使っていた。最近彼はこうしたあらゆる場所をふらつきたい誘惑に駆られていたほどであった。やり切れない状況になっていく中、“一層やり切れなくなるために”。今彼は…
だが彼女が出ていくと、すぐ彼は起き上がってドアに鉤を掛けた。そして先ほどラズミーヒンが持って来て、自分でまた閉じた服の入った包みを解くと着替え始めた。妙なのは彼が突然すっかり落ち着きを取り戻したように見えたことである。先のような狂人の戯言…
「何事にも限度というものがあります。」見下すような調子でルージンは続けた。「経済思想はまだ殺人を認めるような方向にはなっていません。それにちょっと推測してみれば・・・」 「ところで本当なんですか」突然またラスコーリニコフが敵意のため震える声…
「すみません、僕も明敏じゃありませんので」ラズミーヒンが急に口を挟んだ。「ですから止めましょう。僕は目的があって話し始めたんです。ところが実際は自己満足の駄弁につぐ駄弁、静まることも途切れることもない分かり切ったことの数々、全く同じ事の繰…
「言わずもがな私は十分な情報を集めることはできませんでした。自身が不案内なので。」ピョートル・ペトローヴィチは慎重に反論した。「ですが二つの大変こざっぱりした小部屋でして、まあこれも非常に短い期間ですから・・・すでに真の、つまり未来の我々…
ピョートル・ペトローヴィチは間違いなく腹を立てていたが口を閉ざした。彼はこれらのことすべてが何を意味しているかなるべく早く理解しようと全力を挙げていた。1分ばかり沈黙が続いた。 その間、返答した際わずかに彼の方に身を向きかけていたラスコーリ…
それはもう若くない鯱張った威厳のある紳士で、用心深い、不平が口を衝いて出そうな顔つきをしていた。彼がなした最初のことは、ドアのところで立ち止まり、腹立たしいほどにあからさまな驚きを持って辺りを見回すことであった。それはまるで“一体俺はどこに…
「いや、お前、だがじゃないぞ。もしイヤリングが、まさにその日のその時間にニコライの手元に気付くとあったそれが、実際彼にとって不利な、事実に基づく重要な証拠であるなら、もっとも彼自身の証言によって直に導かれているから議論の余地のある証拠とい…
「何しろ連中ときたら彼を今や完全に殺人者扱いしてるからな!これっぽっちも疑ってなんかいやしない・・・」 「くだらん。熱くなりすぎだ。でイヤリングの件は?認めろよ、もしちょうどあの日のあの時間に老婆の長持ちからニコライの手にイヤリングが渡った…
「ああそうだった!まあ聞けよ。ちょうど三日目だったな、殺人があった後の、朝早くだ。連中がまだあそこでコーフとペストリコーフのことで大騒ぎしていた時――もっとも彼らは自分の一挙手一投足を証明し終えていたんだけどな。明らかも明らかさ!—―突然予想…
「ところで分かってるかな、ラズミーヒン?君について言わせてもらうがね、世話好きにもほどがあるぜ。」ゾーシモフが指摘した。 「それならそれでかまわんさ、でもやっぱり助け出そう!」テーブルを拳でごつんとやってラズミーヒンが叫んだ。「この件で一番…
「彼もお前の何かしらの親類なのかい?」 「最も遠いところのその類さ。でもなんでしかめ面してんだ?そりゃかつて君らが仲違いしたから行かない、ということかい?」 「彼のことなんて知ったこっちゃないさ・・・」 「なら何より。そんで来るのは学生に、先…
ゾーシモフは背の高い肥満した男で、その顔はむくみ、精彩を欠いて青白く、髭はつるりと剃り上げられ、髪は白くてストレート、眼鏡をかけており、脂肪でふくれた指には大きな金の指輪がはまっていた。年齢は27歳くらい、ゆったりとした粋な軽いコートに淡…