「罪と罰」76(2-5)

 「何事にも限度というものがあります。」見下すような調子でルージンは続けた。「経済思想はまだ殺人を認めるような方向にはなっていません。それにちょっと推測してみれば・・・」

 

 「ところで本当なんですか」突然またラスコーリニコフが敵意のため震える声で話しに割り込んできた。その声からは侮辱の喜びのようなものが感じられた。「本当なんですか、あなたがフィアンセに言ったというのは?・・あの時ですよ、彼女から結婚の同意を得た時です。何より結構なことは・・・彼女が貧しいことだ・・・なぜなら極貧の家庭出の妻をもらうことはより都合がいい。後に彼女を支配し・・・恩を施されたことを利用して非難するのに、と。・・・」

 

 「閣下!」敵意に満ちた、いらついた声でルージンが叫んだ。顏中真っ赤で狼狽えていた。「閣下・・・誤解にもほどがありますぞ!許していただきたいのですが、あなたに言っておかなければなりません。噂、あなたの耳に届いた、いやこう言った方がより適切なのか、あなたの耳に届けられたそれにはまともな根拠は微塵もありません。私には・・・誰なのか見当はついています・・・端的に言って・・・この矢は・・・端的に言ってあなたのお母さまが・・・。もともと私には、彼女には、いや素晴らしい性質ばかりなんですがね、その思考においていくらか熱狂的で空想的な傾向があるように思えておりました・・・。ですがそれでも私が想像していたのとはかけ離れていました。彼女が空想で歪めて真実をあのように理解し、思い描くことができたなんて・・・そしてとうとう・・・仕舞に・・・。」

 

 「ところでご存知ですか?」ラスコーリニコフは、枕の上で上体を起こしつつ、刺すようなぎらつく視線を彼に浴びせながら大声で言った。「ご存知ですか?」

 

 「何のことですかな?」ルージンはぴたっと止まって待ち構えた。感情を害され挑むような様子であった。沈黙が数秒間続いた。

 

 「それはですね、もしあなたがもう一度・・・一言でも言及するようなことがあれば・・・母について・・・僕はあなたを階段から真っ逆さまに突き落とします!」

 

 「どうしたんだ!」ラズミーヒンが叫んだ。

 

 「ああ、これはこれは!」ルージンは顔面を蒼白にさせ唇を噛んだ。「閣下、私の言うことを聞いてください。」ゆっくり間をとってから彼は始めた。必死に自分を抑えていたがそれでも喘いでいた。「私はすでに先ほど、出だしからにしてですが、あなたの敵意に気付いておりました。ですが敢えてここに留まっておりました。より多くのことを知るために。私は病人である親族を寛大な目で見ることもできたのですが、今は・・・あなたを・・・決して許すことはできません・・・」

 

 「俺は病人じゃない!」ラスコーリニコフが声を荒げた。

 

 「それならなおのことですな・・・」

 

 「とっとと失せろ!」

 

 だがルージンはその発言を仕舞まで聞き終わらないうちに、再び机と椅子の間をぬって出口へとすでに向かっていた。ラズミーヒンは彼を通すため今回は立ち上がった。ルージンは誰の方も見ず、ゾーシモフに、長い事ルージンに病人をそっとしておくよう合図を送っていた彼に会釈することさえせず出て行った。少し身を屈めてドアを通過する際、用心深く帽子を肩のあたりにまで持ち上げていた。この時の彼の背中の屈曲にすら、彼がひどい侮辱を受け去っていくことがにじみ出ているようであった。

 

 「いいのか、こんなんでいいのか?」途方にくれたラズミーヒンが頭を振りながら言った。

 

 「ほっといてくれよ。俺の事は何もかもほっといてくれよ!」興奮状態にあるラスコーリニコフが叫んだ。「頼むからもう俺をそっとしておいてくれ、苦しめてるんだよあんたたちは!俺はあんたらのことなんて知ったこっちゃない!俺は誰のことも、今や誰のことも気にかけちゃいない!俺の前から失せろ!俺は一人になりたいんだ。一人に。一人にだ!」

 

 「行こう!」ゾーシモフがラズミーヒンに頭で合図して言った。

 

 「何だと、こんな状態で残してっていいって言うのか。」

 

 「行こう!」頑強に繰り返すとゾーシモフは出て行った。ラズミーヒンは少し考えると彼を追って走り出した。

 

 「もっと悪くなったかもしれないからな。俺たちが言うことを聞かないと。」ゾーシモフがそう言った時はすでに階段上にいた。「刺激するのは容認できん・・・」

 

 「彼はどうしちまったんだろう?」

 

 「何か都合のいい刺激でもあるといいんだが、ああきっとそれさ!さっきまでは全く問題なかったんだが・・・なあ、彼の心の中には何かあるぞ!じっと彼にのしかかっている何かが・・・俺はそう睨んでる。間違いない!」

 

 「そりゃさっきの紳士、ザ・ピョートル・ペトローヴィチかもしれんぞ!会話からすると彼はロージャの妹と結婚することになっていて、ロージャはそのことについての手紙を病気になる前に受け取っていたみたいだが・・・」

 

 「いやまったく、この今来やがるんだからな。もしかするとすべて駄目になっちまったかもしれん。ところでお前気づいたか。彼は何事にも無関心で沈黙を守っていた。ただ一点を除いては。そのせいで我を失っていたな。殺害の事さ・・・」

 

 「そう、そうだ!」ラズミーヒンが後を引き取った。「もちろん気付いたさ!関心ありありで、驚きの表情を浮かべてた。まさに病んでたその日に彼は心底驚かされて、区の警察署で気絶しちまったんだ。」

 

 「晩にそのことをもっと詳しく聞かせてくれ、その後お前に何かしら言おう。彼のことは興味がある。非常にだ。30分後様子を見に寄るとするか・・・まあ悪くなっていくこともないだろうが・・・」

 

 「ありがとな。俺はその間パーシェンカのとこで待つことにして、ナスターシャから様子を聞くことにするか・・・」

 

 一人残ったラスコーリニコフは、待ちきれない思いと憂鬱を胸にしばらくナスターシャを見ていた。だが彼女はなかなか立ち去ろうとしなかった。

 

 「お茶は、今いる?」彼女が尋ねた。

 

 「後で!俺は眠りたいんだ!そっとしといてくれ・・・」

 

 彼が発作的に壁の方に身をよじると、ナスターシャは部屋を後にした。