「罪と罰」74(2-5)

 「言わずもがな私は十分な情報を集めることはできませんでした。自身が不案内なので。」ピョートル・ペトローヴィチは慎重に反論した。「ですが二つの大変こざっぱりした小部屋でして、まあこれも非常に短い期間ですから・・・すでに真の、つまり未来の我々の住居は探してあるんです。」彼はラスコーリニコフの方を向いた。「今はその仕上げをしているところでして。で私自身は今のところ貸し部屋で窮屈な思いをしてます。ここからすぐのところにあるリッペベフゼリさんの建物の、私の若い友人、アンドレイ・セミョーニチ・レベジャートニコフの住居です。私にバカレーエフの建物を教えてくれたのがその彼なんですがね・・・」

 

 「レベジャートニコフ?」ラスコーリニコフがゆっくり言った。まるで何かを思いだそうとしているかのようであった。

 

 「そうです。アンドレイ・セミョーニチ・レベジャートニコフです。官庁で勤務している。ご存知ですか?」

 

 「ええ・・・いや・・・」ラスコーリニコフが答えた。

 

 「すみませんが、あなたの問い掛けで私にはそうなんじゃないかと思われましたよ。私はかつて彼の後見人だったんです・・・大変気持ちのいい若者でしてね・・・それに何でもよく知ってる・・・私はね若者に会うのが大好きなんですよ。彼らを通じて新しいことが何なのか知ることができますからね。」ピョートル・ペトローヴィチは期待感を持ってそこにいた全員を見回した。

 

 「それはどういう事に関してですか?」ラズミーヒンが尋ねた。

 

 「最も真面目な、言うなれば事の本質において」後を引き取ったピョートル・ペトローヴィチは質問を喜んでいるようであった。「私はですね、もう10年もペテルブルクを訪れていなかったんですよ。ありとあらゆる我が国の新しいこと、改革、思想、こうした一切は田舎に住む我々にも届いてはいます。ですがよりはっきり全てを見るためにはペテルブルクに来る必要があります。それで私の考えはというとまさにこんなことです。我が国の若い世代を観察すれば、最も多くのことを知り学ぶことができる。打ち明けて言いますが、私はうれしくなってしまったんです・・・」

 

 「つまり何に対して?」

 

 「射程の広い質問ですな。間違っているかもしれませんが、私にはより明快な意見、より多くの、言わば批判、より多くの事を実現させる力が見出せるように思われるんですがね・・・」

 

 「それはその通り。」ぼそっとゾーシモフが言った。

 

 「何を言う、事を実現させる力なんてないぞ。」ラズミーヒンが食いついた。「事を実現させる力なんて簡単に身に付くもんじゃないし、天からただで降って来るもんでもない。ほとんど200年だ。我々がありとあらゆる事を止めさせられてから・・・観念なんてもしかすると発酵してるかもしれんぞ。」彼はピョートル・ペトローヴィチの方を向いた。「善に対する希望もあります。もっとも子供じみたものですが。正直さだって見つかりますとも。もっともそこには数え切れないほどのペテン師もごった返しているわけすが。ですが事を実現させる力はやはりありません!事を実現させる力は簡単には手に入らないんですよ。」

 

 「賛成しかねますね。」隠しきれぬ喜びの色を見せながらピョートル・ペトローヴィチが反論した。「もちろん熱狂、過ちはあります。ですが寛容にならなければ。熱狂は為すべきことに対する情熱を、また為すべきことを取り巻いている誤った表面的な状況が存在していることを証拠立てているのです。もしも為されたことが僅かであったとすれば、それは時間が少なかったということでしょう。手段については言いますまい。個人的な見解をあえて言うなら、ある程度のことは為されたと思います。新しい有益な思想が広まり、いくつかの新しい有益な著作が広まった。以前の夢想的でロマン主義的なものに代わって。文学はより円熟したニュアンスを帯びています。根絶され、笑い飛ばされた有害な偏見の数々・・・。一言で言えば、我々は後戻りできない形で自身を過去と切り離したのです。私の考えとしましては、これが為されたことでございまして・・・」

 

 「パクリだ!ひけらかしてるのさ。」ラスコーリニコフが突然発言した。

 

 「何ですか?」聞き取れなかったピョートル・ペトローヴィチが尋ねた。しかし回答は無かった。

 

 「それはみな公正な意見ですね」ゾーシモフが急いで言葉を挿んだ。

 

 「そうじゃございませんか?」ゾーシモフに満足げな視線を送った後、ピョートル・ペトローヴィチは続けた。「同意しないわけにはいきますまい。」ラズミーヒンの方を向きながら彼は続けた。だがそこにはもうある種の勝利、優越のニュアンスが含まれており、あやうく“若者よ”と言い足しそうですらあった。「大いなる成果、あるいは今日言われるところの進歩が存在していることは。少なくとも科学と経済的な真理の名においては・・・」

 

 「分かりきった事さ!」

 

 「いや、分かり切ったことではございません!もしも私が、例えばですよ、今日まで“愛せよ”と説かれ、そしてそれを守っていたとしましょう。そこから生じたことは何ですか?」ピョートル・ペトローヴィチは話を続けたが、そこには過分な性急さがあったかもしれない。「生じたのはこういうことです。カフタンを二つに破り隣人と分け合った。そして我々二人は半裸状態で残った。ロシアのことわざにある“二兎を追う者は一兎をも得ず”ですね。科学が説いているのは、愛せ、何よりもまず己一人を、何となればこの世のあらゆることは個人的な利益に基礎を置いているのだから、ということです。自分だけを愛するのであれば、自分の事をしかるべくやればいいのであって、カフタンはそのまま残ります。経済的な真理はこうも付け加えます。社会において個人的な事が成立すればするほど、いわば破れていないカフタンが増えれば増えるほど、社会の基礎は強固になり、公の事も一層成立する、と。ここからすればですよ、私はただ自分のためだけに獲得しているわけですが、まさにそのことによってみなのためにも獲得していることになり、最早個人的な、個々の気前の良さに基づくのではなく、全体の成功の結果として、隣人がいくらか多くの破れたカフタンを手に入れられるようにしていることにもなるのです。単純な思想ですよ。ですが不幸なことにあまりにも長いことこちらには来ませんでした。すぐ有頂天になる性質と、空想に傾きやすい性質が邪魔をしたんです。まあしかし、思い至るには明敏さが少しは必要であるかのように見えるんですがね・・・」