「罪と罰」75(2-5)

 「すみません、僕も明敏じゃありませんので」ラズミーヒンが急に口を挟んだ。「ですから止めましょう。僕は目的があって話し始めたんです。ところが実際は自己満足の駄弁につぐ駄弁、静まることも途切れることもない分かり切ったことの数々、全く同じ事の繰り返し。この3年間で僕を飽き飽きさせたやつです。だから他人でも、自分が話しているんじゃなくてですよ、僕のいる前で話をされると本当に赤面するんです。あなたは無論自分の知識において自己アピールを性急にしたわけですが、それは十分許されることで、僕も責めるつもりはありません。僕としては今あなたが何者なのか知りたかっただけです。というのも最近は公の事にしつこく口を出す様々な実業家が五万とおりまして、しかも彼らときたら関わった事なら何でも自分の都合のいい方にひどく歪めてしまって、何もかも台無しにしてしまうものですから。てことで旦那さん、もう結構でございます!」

 

 「閣下」ルージン氏は並外れた威厳を伴いつつ口元を歪め、話を始めようとした。「これほどぶしつけにおっしゃりたいのですか、私も・・・」

 

 「おお、御免なさい、御免なさい・・・僕はなんてことを!・・てことで旦那さん、もう結構です!」ラズミーヒンは話しを打ち切ると、先ほどの話を続けるため急にゾーシモフの方を向いた。

 

 ピョートル・ペトローヴィチはすぐその言い訳を飲み込めるほどの賢さは備えていた。とはいえ彼はすぐこの場を去ることに決めた。

 

 「今回始められた我々の縁が」彼はラスコーリニコフの方を向いた。「あなたが全快した後、あなたがよくご存知の事情ゆえに一層強固になることを期待しております・・・健康が最優先ですがね・・・」

 

 ラスコーリニコフは顔を向けることさえしなかった。ピョートル・ペトローヴィチは椅子から腰を浮かせようとした。

 

 「殺したのは間違いなく借りてた奴だ!」確信を持ってゾーシモフが言った。

 

 「間違いなく借りてた奴さ!」ラズミーヒンが同意した。「ポルフィーリーは自分の考えを洩らしちゃいないけど、借りてた連中の取り調べはやはりやってるしな・・・」

 

 「借りてた連中の取り調べを?」大声でラスコーリニコフが尋ねた。

 

 「そうだ。それがどうかしたか?」

 

 「何でもない。」

 

 「どうやって引っ張ってきてるんだ?」ゾーシモフが尋ねた。

 

 「コーフが教えた奴もいるし、名前が物の包みに書かれていたのもいるし、人づてに聞いて自分から来た連中もいる・・・」

 

 「ふむ手練れにして経験豊富な野郎に違いない!なんという勇敢さ!なんという決断力!」

 

 「まさにそれだよ、それらがないのさ!」ラズミーヒンが話を遮った。「まさにこのことがお前らみんなを迷わせちまっているんだ。言っておくけどな、手練れなんかじゃない、経験のある奴でもない、こいつは恐らく初犯だ!手練れた奴を想定すると信じがたいことになる。だが逆に経験のない奴を想定してみれば、たった一回の偶然が奴を破滅から救い出したことになる。しかし偶然はどっちにも転びうるのでは?とんでもない、奴は障害が発生することなんて恐らく考えてもみていなかったのさ!で事はどう進んだか?10か20そこらの物を取って、それをポケットに突っ込み、ばあさんの長持ちを、衣類をあさった。だがタンスの上の引き出しの手箱の中で1500ルーブルの現金がそっくり見つかったんだ。証券の他にもだぞ!だから強盗なんてまねができる奴じゃないのさ。殺すことで精いっぱいだったのさ。初犯なんだよ。言っておくぞ。初犯なんだって。周りが見えなくなっちまってるのさ!だから計算なんかじゃなくて、偶然で助かったにすぎないんだよ!」

 

 「それは官吏の妻のお婆さんがつい先日殺害された件ですかな」ゾーシモフの方を向きつつピョートル・ペトローヴィチが話に割って入ってきた。彼はすでに手に帽子と手袋を持って立っていたのだが、立ち去る前にもう少し気の利いた言葉を残したいと思っていた。どうやら彼は有利な印象を得ようとしていたのだった。虚栄が分別に勝ったのだ。

 

 「ええ。あなたは聞いていますか?」

 

 「もちろんですよ。閣下。この近くだとか・・・」

 

 「詳細を知っていますか?」

 

 「それは言えませんが、この件で私の興味を引いているのは別の事柄です。言ってみれば問題の全体像です。私がわざわざ言うまでもないのでしょうが、下層の犯罪はここ5年ばかりで増加しています。至る所で始終起きているひったくりや火事について言うことはありません。私にとって何より不思議でならないのは、上層においても犯罪件数が同様に増加していて、しかも言うなればパラレルな関係において、ということです。ある所では元学生が大通りの郵便局を襲撃したとか、また別の所ではその社会的地位からしたら進歩的である人々が偽札を作っているとか、さらにまた別の所、モスクワでは、最後の宝くじ付き公債証券の偽造集団が逮捕され、その主要メンバーの一人は世界史の講師だとか。また外国では我が国の秘書官が金銭がらみの謎めいた原因で殺害されています・・・。そこでもし今回あの高利貸しの老婆が質入れした連中の一人に殺されたとすると、それは比較的高い層の人間の犯行ということになります。なぜなら百姓は金製の物を質入れしたりしないからです。それなら我らの社会の文明化された部分によるこの不品行とでも言うべきことをいったい何によって説明したらいいんでしょう?」

 

 「多くの経済的な変化・・・」ゾーシモフが反応した。

 

 「何によって説明したらいいかだって?」ラズミーヒンが突っかかった。「そりゃもうあまりに根深い事を為す力の無さによって説明がつくんじゃないですかね。」

 

 「つまりそれはどのようにしてですかな、閣下」

 

 「あなたの話に出てきたモスクワの例の講師がですよ、何のために偽造なんかしたのかという質問に答えたとしたら、“みな様々な仕方で金を得ている、それなら俺は少しでも早くそうしたいと思ったから。”と言うでしょう。正確な文言は覚えていませんが、要するに、ただで、なるべく早く、楽してってことでしょ!衣食住の足りた生活に慣れ、他人の言いなりになることに慣れ、噛み砕かれた物を食べるのに慣れてしまったんです。さて、それで偉大な時が訪れると、すぐ様あらゆる人が自分の正体を現し・・・」

 

 「ですがしかし道徳は?それにまあその掟というものが・・・」

 

 「いったいあなたは何を心配しているんですか?」思いがけずラスコーリニコフが口を挟んできた。「まさにあなたの理論から導かれることでしょ!」

 

 「私の理論からどのようにしてそうなるので?」

 

 「あなたがさっき説教していたことを仕舞まで推し進めれば、人を殺してもいいことになるのでは・・・」

 

 「とんでもございません!」ルージンが大声を上げた。

 

 「いや、それはそうじゃないだろう!」ゾーシモフが反応した。

 

 ラスコーリニコフは青白い顔をして横たわっており、上唇は震え、苦しそうに息をしていた。