「罪と罰」103(3-4)

彼女を美人とは呼び難かったが、その青い目があまりに澄んでいたので、それが活気づくと、彼女の顔はそれはもう善良に、無邪気になり、はからずも人を引きつけるのであった。彼女の顔、それにその全体の様子にはその他に一つの際立った特徴があった。18歳という年齢にもかかわらず、彼女はほとんどまだ少女のようで、実年齢よりずっと若く、ほぼ完全に子供のように見えたのだ。このことが彼女の仕草のいくつかを時折滑稽にさえしていた。

 

 「ですが本当にカテリーナ・イヴァーノヴナはあんなわずかな資金でやりくりできたのですか?しかも前菜まで準備するつもりなんでしょ?・・」とラスコーリニコフは尋ねた。会話をなんとしても続けようとしつつ。

 

 「棺は粗末なものでございますから・・・それにすべて簡素に行います。なのでそんなに高くはなりません・・・先ほどカテリーナ・イヴァーノヴナとすべて見積もったんです。そしたら法事を行うお金は残るようなので・・・それにカテリーナ・イヴァーノヴナは是非そうしたいと望んでいます。そうしないわけにはいかないんでございます・・・彼女には慰めが・・・彼女はああいう人ですから。あなたもご存知でしょう・・・」

 

 「分かります、分かりますよ・・・もちろん・・・どうしてまたあなたは僕の部屋をそうじっくり見るんです?この母も言ってるんですよ、棺に似てるって。」

 

 「あなたは私たちに昨日全てを与えてしまったんだ!」突然ソーネチカが答えて言った。どこかこう強い、早い口調のささやきで。突然またぐっとうつむいて。彼女の唇と下あごがまたがくがくし始めた。彼女は大分前にすでにもうラスコーリニコフの貧しい家具調度にショックをうけており、そして今それらの言葉が突然勝手に飛び出てきたのだ。後に続いたのは沈黙だった。ドゥーネチカの目は何だか晴れやかになり、プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナは愛想さえ湛えてソーニャの方を見た。

 

 「ロージャ」彼女が口を開いた。立ち上がりつつ。「当たり前のことだけど私たちは一緒に食事を取りますね。ドゥーネチカ、行きましょう・・・お前は、ロージャ、ちょっと散歩にでも出て、それから休憩して、少し横になったらいいんじゃないの。そしたらなるべく早く来てちょうだい・・・だって私たちがお前をへとへとにさせてしまったんじゃないかと・・・」

 

 「もちろん、行きますよ。」と腰を上げつつ彼が答えた時には、そわそわし始めていた・・・「でも僕には用事が・・・」

 

 「まさか本当に別々に食事を取るって言うんじゃないだろうな?」ラズミーヒンが叫んだ。驚きの眼差しをラスコーリニコフの方に向けつつ。「どういうつもりなんだ?」

 

 「もちろん行くよ。当たり前じゃないか・・・だがお前はちょっと残ってくれ。あなた方に彼は今必要ないでしょう、母さん?それとも僕が彼を横取りすることになっちゃいますか?」

 

 「おお、まさかそんな!でも、ドミートリー・プロコーフィイチ、食事には来ていただけるのでしょう?」

 

 「どうかいらっしゃってください。」ドゥーニャが頼んだ。

 

 ラズミーヒンは頭を下げると、顔中に喜びが溢れた。ほんの一瞬全員がどこか妙な具合に突然とまどいの色を見せた。

 

 「さよなら、ロージャ、その、また会いましょう。《さよなら》なんて言うのは好きじゃありません。さよなら、ナスターシア・・・あっまた《さよなら》って言ってしまった!・・」

 

 プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナはソーネチカにも頭を下げようとしたが、どうもうまくいかず、そそくさと部屋を後にした。

 

 だがアヴドーチヤ・ロマーノヴナはあたかも順番を待つようにしていて、ソーニャの脇を母に続いて通り過ぎると、彼女に対し、注意深い、礼儀正しい深いお辞儀をした。ソーネチカは狼狽して、どこかせかせかと慌てふためいて頭を下げた。彼女の顔には痛みすら伴うある感覚が現れていた。まるでアヴドーチヤ・ロマーノヴナの礼儀正しさと注意が彼女にとっては重荷で苦痛であるかのように。

 

 「ドゥーニャ、さようなら!」ラスコーリニコフは部屋を背にして叫んだ。「手を出してくれよ!」

 

 「もうしたじゃない。忘れたの?」とドゥーニャが答えた。愛想よく、ぎこちなく彼の方に向き直りつつ。

 

 「まあいいじゃないか、さあもう一度!」

 

 そして彼は彼女の指をしっかりと握りしめた。ドゥーネチカは彼に笑顔を見せると、顔を赤くし、さっと手を引き抜いて母の後を追って行ってしまった。やはりなぜだか幸せでいっぱいだった。

 

 「なんてすてきなんだ!」彼はソーニャに言った。部屋の中に戻りつつ、朗らかに彼女の方を見て。「主が死者に永遠の安息を給わんことを、生者はますます栄えよ!そうでしょ?そうでしょ?そうでしょうよ?」

 

 ソーニャは急に晴れ晴れとした彼の顔を驚きすら伴って見ていた。彼はわずかの間黙って彼女を凝視していた。彼女の亡き父が語った彼女に関する話のすべてが、この瞬間彼の記憶を駆け抜けた・・・

 

 「これはどうしたことなんだろうね、ドゥーネチカ!」プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナは通りに出るとすぐに話し始めた。「だって今あの場を離れたことで私自身うれしいみたいなんだもの。何かこう気が楽に。でもまさかこんなことを喜ぶようになるだなんて、昨日汽車の中で思うはずもないわね!」

 

 「もう一度言っておきますけどね、母さん、彼はまだかなり病んでるわよ。気付いてないなんてことありませんよね?ひょっとすると、私たちのことで苦しんで、それで調子を崩してしまったのかも。彼は寛大にならないと。そうすれば多くの、非常に多くのことを許すことができます。」

 

 「でもお前は寛大じゃなかったじゃないの!」かっとなったプリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが妬まし気にすぐさま話をさえぎった。「いいかいドゥーニャ、私はお前たち二人を見てきたけど、お前は彼の完全なる生き写しだよ。見た目というより内面においてね。二人ともふさぎがちで、二人とも無愛想で短気、二人とも高慢で二人とも度量が大きい・・・だって彼がエゴイストってことはないでしょ、ドゥーネチカ?ねえ?・・ああ今晩どうなるのか考えるたびに、心臓が止まりそうになるよ!」

 

 「心配しないでください、母さん。なるようになるわ。」

 

 「ドゥーネチカ!私たちが今どんな立場に置かれているか考えても見なさいよ!もしピョートル・ペトローヴィチが断ったら一体どうするのよ?」あわれなプリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが突然不用意に発言した。

 

 「そうなったら彼にどんな価値があるんでしょうね!」ドゥーネチカが手厳しく、軽蔑するように答えた。

 

 「私たちが今出てきてしまったのは良かったわ。」そわそわし始めたプリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが話の腰を折った。「彼はどこかへ用事で急いでいたもの。少し歩かせて、外の空気を吸わせるぐらいさせないと・・・彼のとこの息苦しさったら・・・でもここじゃどこで空気を吸ったらいいんだろうね?ここの通りも通風口のない部屋の中みたいだもの。ああ、全くなんという町なんでしょう!・・ちょっと待って、脇へよけて、押しつぶされちゃうわ、何か運んでる!アップライトピアノだったわよ、本当に・・・よくまああんな押し合いへし合いして・・・あの娘は私もとっても心配だわ・・・」

 

 「どの娘よ、母さん?」

 

 「ほらあのソフィア・セミョーノヴナよ、ついさっきいた・・・」

 

 「一体なぜ?」

 

 「私にはこんな予感があるのよ、ドゥーニャ。まあ、お前は信じるか信じないか、彼女が入って来た時、私はまさにその瞬間思ったのよ。ここに主な悩みの種があるなって・・・」

 

 「全く何もないわよ!」いまいましげにドゥーニャが叫んだ。「何なのよその予感は、母さん!彼はつい昨日彼女と知り合ったばかりで、さっき入ってきた時、誰だか分からなかったじゃない。」

 

 「まあそのうち分かるでしょう!・・彼女は私を不安にさせるのよ。まあ見てなさい、分かりますとも!私はすごく怖かったんだから。彼女が私の方を見ている。見ているのよ。あんな目をして。私はどうにか椅子に座ってたわ。覚えてる?彼女を紹介し始めた時。それに不可解だわ。ピョートル・ペトローヴィチが彼女についてあんな風に書いているのに、彼は彼女を私たちに紹介し、さらにお前にまで!つまり彼にとって大切な人ということじゃない!」

 

 「書いてることなんてどうでもいいわよ!私たちのことだって言われてきたし、書かれてもきたじゃない。忘れちゃったんですか?でも私は彼女が・・・素晴らしい人で、そんなことはみなたわごとだと信じているわ!」

 

 「どうかそうであることを!」

 

 「それにしてもピョートル・ペトローヴィチは質の悪いおしゃべり屋さんだこと。」突然ドゥーネチカがそっけなく言った。

 

 プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナは意気消沈した。会話はそこで途切れた。

 

 

 「そのなんだ、その僕はお前にある用事があってだな・・・」ラスコーリニコフが言った。ラズミーヒンを小窓の方へ連れて行きつつ・・・

 

 「それでは私はカテリーナ・イヴァーノヴナにあなた方がいらっしゃるということを言っておきます・・・」ソーニャがせかせかして言った。帰ろうとして会釈しつつ。

 

 「ちょっと待って、ソフィア・イヴァーノヴナ、僕らに秘密はありません。あなたは邪魔になっていませんから・・・僕はあなたにあと少し言っておきたいことが・・・そうあれだ」彼は言い終わることなく、まるでぶちまけるようにして、突然ラズミーヒンに話しかけた。「お前は本当にあの人を知っているのか・・・彼は何と言うんだっけ!・・ポルフィーリー・ペトローヴィチを?」

 

 「もちろん!親戚だもの。それが何だって言うんだ?」急に高まる好奇心とともに彼は言い足した。

 

 「彼が今例の件を・・・そのほら、例の殺人事件の・・・昨日お前たち言ってたよな・・・扱っているって?」

 

 「ああ・・・それが?」ラズミーヒンは突然目を見開いた。

 

 「彼は質入れした人に尋ねていたんだろ。そう、あそこには僕も質入れしてたものがあるんだ。まあ取るに足らないものなんだが、妹の指輪と、あいつが僕に記念でくれたんだ。僕がこっちへ来るときに。それから父さんの銀の時計さ。全部で5、6ルーブルそこらなんだが、僕にとっては価値あるもので、思い出なんだ。それで僕は今どうしたらいい?物が無くなってしまうのは嫌なんだ。特に時計は。さっきなんてびくびくしていたんだぜ。母さんがそれをちょっと見せてくれって言うんじゃないかって。ドゥーネチカの時計について話始めた時にさ。唯一の物なんだ。父さんの死後残った。彼女病気になっちゃうよ。それが無くなったなんてことになれば!女だからな!そんなわけだから、さあどうしたらいい、教えてくれ!分かってる。警察署に届け出る必要があるんだろう。だがポルフィーリー当人に、の方が良くないか、え?どう思う?事はなるべく早く片づけたいところなんだ。食事前に母さんが尋ねるようなことになったら!」

 

 「警察署なんて絶対だめだ。間違いなくポルフィーリーに!」ラズミーヒンは何か並外れた興奮の中で叫んだ。「ああ、なんて最高なんだ!心配することなんて何もない。今行こう。すぐそこだ。きっと会える!」

「罪と罰」102(3-4)

 この時ドアが静かに開いた。そして部屋の中に、おずおずと辺りを見回しながら一人の娘が入ってきた。全員が驚きと好奇心を持って彼女の方を向いた。ラスコーリニコフは最初見たとき彼女が誰だか分からなかった。それはソフィア・セミョーノヴナ・マルメラードヴァであった。昨日彼は彼女にすでに会っていたのだが、ああいう時に、あんな状況で、ああした出立ちだったので、彼の記憶に刻まれていたのは全く別人の姿であった。今そこにいたのは、地味で貧相ですらあるなりをした娘であった。まだたいそう若々しく、ほとんど少女のようで、控えめな礼儀正しい物腰をしており、晴れやかだがいくらかおびえたような表情をしていた。彼女が身につけていたのは非常に質素な自宅用ワンピースで、頭には古い旧型の帽子を被っていた。ただ昨日のように傘を携えていた。思いがけず部屋が人で一杯だったので、彼女はまごつくどころか完全に落ち着きを失い、小さな子供のようにおびえ、出ていくような動きさえしかけた。

 

 「ああ・・あなたですか?・・」驚愕したラスコーリニコフはそう言うと、急に彼もまた狼狽した。

 

 彼の心にはすぐ思い浮かんだ。母と妹がすでにルージンの手紙により品行よろしからぬ某娘について軽く知っている、ということが。ついさっき彼がルージンの中傷に抗議し、この娘に初めて会ったことに言及したばかりのところへ、突然まさにその彼女が入って来る。《品行よろしからぬ》という表現についてはみじんも反対しなかったことも思い出した。これらすべてのことがぼんやりと一瞬で彼の脳裏をよぎった。だがもっとよく見て彼は突如自覚した。この卑しめられた存在があまりにも卑屈なので、急に憐れに思えてきたことを。彼女が恐怖のために出て行こうとしかけた時、彼の中で何かがまるでひっくり返ったようになった。

 

 「僕はあなたが来るとは全く思っていませんでした。」彼はそわそわし始めた。視線で彼女を引き留めつつ。「どうかお座りなってください。きっとカテリーナ・イヴァーノヴナのところから来たんですね。できればその、そっちではなくて、ここに座って・・・」

 

 ソーニャが入ってくる際、ラズミーヒンはラスコーリニコフの三つの椅子のうちの一つに座っており、それはドアの目の前だったので、彼女を中に通してやるために少し腰を浮かせた。最初ラスコーリニコフは彼女にゾーシモフが座っていたソファの一端を指示しかけたが、そのソファはあまりに打ち解けた場所であり、かつ彼の寝床であることを思い出して、急いでラズミーヒンの椅子を彼女に指示した。

 

 「お前はここに座ってくれよ。」と彼はラズミーヒンに言った。ゾーシモフが座っていた隅に座るよう彼に示しつつ。

 

 ソーニャは腰を下ろした。恐ろしさで震えそうになっていた。そしておずおずと二人のレディの方を見た。どうして彼女が彼らと並んで座るなどということができたのか、彼女自身も理解していないのは明白だった。そのことに気付くと、彼女はあまりに恐ろしくなり、突然再び立ちあがって、すっかり狼狽してラスコーリニコフに話しかけた。

 

 「私は・・・私は・・・すぐ失礼しますので。お騒がして御免なさい。」言葉につまりながら彼女は話し始めた。「私はカテリーナ・イヴァーノヴナのところから来ました。彼女には使いに遣る人がいなかったので・・・カテリーナ・イヴァーノヴナはあなたによく頼むよう命じました。明日葬式に来てもらえるよう、朝・・・礼拝式に・・・ミトロファニエフスキー墓地です。その後私たちのところ・・・彼女のところで・・・食事を共にして・・・彼女の名誉となるよう・・・彼女は頼むよう言っておりました。」

 

 ソーニャは口籠って黙り込んでしまった。

 

 「かならずそう努めます・・・かならず。」ラスコーリニコフは答えた。やはり少し腰を浮かせ、やはりつまりながら、仕舞まで言い切らずに・・・「どうかお願いですからお座りください。」と彼は突然言った。「僕はあなたと話す必要があるんです。どうか。」「あなたはもしかするとお急ぎなのかもしれませんね。」「お願いですから僕に2分ください・・・」

 

 そして彼は彼女に椅子をすすめた。ソーニャはまた腰を下ろし、またおずおずと途方に暮れた様子で二人のレディの方をさっと見ると突然目を伏せてしまった。

 

 ラスコーリニコフの青ざめた顔がぱっと赤くなった。顔全体がひきつったかのようになり、目は輝きだした。

 

 「母さん」彼は毅然とした強い口調で言った。「こちらはソフィア・セミョーノヴナ・マルメラードヴァです。他でもないあの不幸なマルメラードフ氏の娘さんです。きのう僕の目の前で馬に轢き殺されてしまった。彼のことについてはすでにあなた方に話しましたね・・・」

 

 プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナはソーニャの方を見てかすかに目を細めた。ロージャの執拗な挑むような視線を前にすっかり動揺していたのにもかかわらず、彼女はこの満足にどうしても抗うことができなかった。ドゥーネチカは真剣な注意深い視線を不幸な娘の顔に直に向けると、いぶかしげにじろじろ見ていた。ソーニャは紹介を聞くと目をまた上げようとしかけたが、先ほどよりもいっそううろたえてしまった。

 

 「僕があなたに聞きたかったのは、」ラスコーリニコフは急いで彼女に声をかけた。「今日はどんな具合に落ち着いたんですか?煩わされなかったですか?・・例えば、警察から。」

 

 「さようなことはございませんでした。すべて済んでおります・・・死因についてはあまりに明白ですので。面倒なことはありませんでした。ただその住人が怒っています。」

 

 「どうして?」

 

 「遺体が長いことそのままでして・・・今はなにしろ熱いので匂いが・・・ですから今日、挽課までには墓地に運ばれます。明日までには礼拝堂に。カテリーナ・イヴァーノヴナも初めのうちは嫌がっていましたけど、今は自分でも理解しています。致し方ないうことは・・・」

 

 「今日そうするんですね?」

 

 「彼女はあなたに、私たちの名誉となるよう、明日教会での葬儀に参列し、その後彼女のところへ行って追善の食事をすることをお願いしています。」

 

 「彼女が追善の食事を準備しているんですか?」

 

 「さようでございます。前菜を。彼女はあなたが昨日私たちを助けてくれたことに対し、よくよくお礼を言うよう言っておりました・・・あなたがいなければ葬式をするお金なんて全くありませんでしたから。」すると彼女の唇と下あごが突然はねるように動き出した。しかし彼女は我慢し持ちこたえた。急いでまた視線を地面に落として。

 

 会話中ラスコーリニコフは彼女を凝視していた。それは痩せた、痩せに痩せた青白い小顔で、整っているとはとても言えない、どこか鋭い感じのする顔立ちで、小さな鼻とあごはとがっていた。

「罪と罰」101(3-3)

 「だって彼らはみなそんな風に書くもんじゃないか。」ぶっきらぼうにラズミーヒンが指摘した。

 

 「お前まさか読んだのか?」

 

 「ああ。」

 

 「私たちが見せたのよ。ロージャ。私たちは・・・さっき相談しててね。」きまり悪い思いをしたプリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが話し始めた。

 

 「それはさ、実を言えば、裁判所の文体なんだよ。」ラズミーヒンが遮った。「裁判所の文書は今に至るまでそんな風に書かれているよ。」

 

 「裁判所の?ああ、まさに裁判所の、実務的な・・・無学然というのでもなく、まともな標準語というのでもない、実務的なものだ!」

 

 「ピョートル・ペトローヴィチは、お金がなくて満足な教育を受けられなかったことを隠してもいないし、自分自身の力でのし上がったことを自慢さえしています。」アヴドーチヤ・ロマーノヴナが指摘した。これまでとは異なる兄の調子にいくらかむっとさせられいた。

 

 「まあ、自慢しているなら、それなりの理由があるんだろうね。僕は反対はしないよ。お前は、妹よ、どうも腹を立てたみいだね。僕が手紙を全部読んでおいてこんな軽々しい意見を引き出したから。そして思っている。僕がくやしさのあまりお前をからかってやろうとして、こんなどうでもいいことにあえて触れ出したのだと。それどころか文体に関して言うと、一つの余計どころじゃない、目下の件においての気付きがあったよ。そこには一つの表現があった。“自分をお責めください”という。非常に意味深く、はっきりと書かれている。そしてまた脅しがあった。もし僕が来るなら即刻辞去する、という。辞去するという脅し、これはとりもなおさず、もしあなた方が言うことに従わなければ、あなたたち二人を捨て置きます、それもこの今、すでにペテルブルクに呼び出しておいて捨て置く、そういう脅しです。さてお前はどう思う。ルージンのああいう表現一つで全く同じように腹を立てるものだろうか。もしもほら彼が(彼はラズミーヒンを指さした)、もしくはゾーシモフが、もしくは我々の中の誰かしらがそう書いた場合?」

 

 「いいえ」ドゥーネチカが答えた。熱を帯びつつ。「よく分かりました。それがあまりにも素朴に書き表されていること、そして彼がひょっとすると書くのが不得手なだけかもしれない、ということが。全くよく見抜いたわね、兄さん。私は思ってもみなかった・・・」

 

 「それは裁判所の書き方で表現されているわけだけど、裁判所の書き方で別様に書くことはできない。それでひょっとすると彼が狙ったよりもぞんざいになったのかもしれない。とはいえ僕はお前をいくらか失望させなければならない。この手紙にはさらに一つの表現が、一つの僕に関する中傷があって、なかなかに卑劣なものだ。僕はお金を昨日未亡人に渡しました。肺病やみで打ちひしがれた未亡人に。“葬式を口実に”ではなく、まさしく葬式のために。そして娘の手に――彼が書くところによれば“品行よろしからぬ”若い娘の(しかもその娘に僕は昨日人生で初めて会ったのですが)ではなく、まさにその未亡人に、です。これらすべてにおいて僕は、僕の顔に泥を塗り、あなた方と仲たがいさせようというあまりに性急な願望を見て取ります。またもや裁判所の書き方で表現されていて、つまりあまりに露骨な狙いの露呈と非常に素朴な性急さを伴っています。彼は頭のいい人ですが、賢く行動するには頭の良さだけでは足りない。こうしたことすべてがその人間を物語っている・・・僕は彼がお前を十分尊重するとは思わない。ただ教訓としてお前には伝えておく。それというのも心からお前の幸せを望んでいるからだ・・・」

 

 ドゥーネチカは答えなかった。彼女の決心はすでに先ほどついており、彼女はひたすら夜を待っていた。

 

 「それでお前は一体どう決めているんだい、ロージャ?」プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが尋ねた。彼女は、彼の突然のこれまでと違った実務的な口調のせいで、先ほど彼に会った当初より一層不安にさせられていた。

 

 「それはどういうことです。“決めている”とは?」

 

 「ほらピョートル・ペトローヴィチが書いているじゃない。お前が晩私たちと同席しないようにって。そして辞去すると・・・もしお前が来るようなら。それでお前はまさか・・・来るつもりかい?」

 

 「それはもうもちろん僕が決めることではないでしょう。となるとまず第一にあなたです。もしピョートル・ペトローヴィチのああいう要求があなたを怒らせていないのであれば。そして第二にはドゥーニャでしょう。もし彼女もやはり腹を立てていないのであれば。僕としてはあなた方にとってより良い方をします。」と彼はそっけなく言い添えた。

 

 「ドゥーネチカはすでに決心してるのよ。私も彼女に全く賛成です。」プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが急いで述べた。

 

 「私はあなたに頼むことにしたわ。ロージャ。この集まりの際ぜひ私たちのもとにいてくれるよう切に頼みます。」ドゥーニャが言った。「来る?」

 

 「行くよ。」

 

 「私はあなたにも8時に私たちのもとにいてくれるようお願いします。」彼女はラズミーヒンに話しかけた。「母さん、私は彼も招待します。」

 

 「もちろんいいわよ。ドゥーネチカ。さて、もうあなたたちがそこでいったん決めたなら」プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが言い足した。「もうそういうことにしておきましょう。私自身も気が楽になったわ。演技をするのやうそをつくのは御免です。いっそできるかぎり本当のことを言い合った方が・・・今度ピョートル・ペトローヴィチが怒ろうが、怒るまいが!」

 

 

「罪と罰」100(3-3)

 「どうしたお前?」ラズミーヒンが彼の手を掴み叫んだ。。

 

 彼は再び腰を下ろすと、黙ってあたりを見回し始めた。全員が彼の方をいぶかしげに見ていた。

 

 「一体何だってあなたたちはみんなそんなつまらなそうにしてるんですか!」突然彼が大声で言った。全くいきなりであった。「何かしら言ってくださいよ!実際そんな風に座ってたってしょうがないでしょう!さあ、しゃべってくださいって!会話を始めようじゃないですか・・・集まっておいて押し黙っているなんて・・・さあ、何か!」

 

 「ありがたいことです!私は彼に昨日みたいなことが起きているのかと思ったわ。」十字を切ってからプリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが言った。

 

 「どうしたのよ、ロージャ?」不審そうにアヴドーチヤ・ロマーノヴナが尋ねた。

 

 「別に、何でもないさ、あることを思い出したのさ。」と彼は答えた。そして突然笑い出した。

 

 「ふむ、もしあることを思い出したのなら、そりゃ結構!じゃなきゃ俺の方でも考え始めるところだった・・・」ゾーシモフがぼそっと言った。ソファから腰を上げつつ。「ですが僕はもう行かないと。また寄るよ。多分・・・もし見つけたら・・・」

 

 彼は別れの挨拶を済ますと出て行った。

 

 「なんて素敵な人なんでしょう!」プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが言った。

 

 「ええ。素敵で、素晴らしくて、教養があって、頭が良くて・・・」突然ラスコーリニコフが何か意外な早口で、またその時までには見せなかった何か並外れた活気を伴って話し始めた。「ほんと覚えていないんだよな。病気になる前どこで彼と会ったのか・・・どっかで会っていると思うんだが・・・ほらこいつもまた素晴らしいやつなんだ!」彼はラズミーヒンをあごで示した。「お前は彼が気に入ったかい、ドゥーニャ?」と彼女に尋ねると、彼は何に対してだか分からないが突然げらげら笑い出した。

 

 「とっても。」ドゥーニャが答えた。

 

 「ふーっ、お前は何ちゅう・・・礼儀知らずなんだよ!」ひどくまごつき赤面したラズミーヒンはそう言って席を立った。プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナはちょっと微笑み、ラスコーリニコフは大声で笑い出した。

 

 「いったいどこへ?」

 

 「俺も・・・行かないと。」

 

 「お前は全然行く必要なんてないだろ、残れよ!ゾーシモフが去ったから、お前もって。行くなよ・・・ところで何時ですか?12時?お前の時計はなんてかわいらしいんだ、ドゥーニャ!なんだってあなたたちはまた黙ちゃったんです?ずっと僕だけが、そう僕だけがしゃべっているじゃないですか!・・」

 

 「これはマルファ・ペトローヴナからのプレゼントなの。」ドゥーニャが答えた。

 

 「しかもかなり高価なのよ。」プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが口を挟んだ。

 

 「いやはや!なんて大きいんだろ、およそ婦人用ではないね。」

 

 「私はそういうのが好きよ。」ドゥーニャが言った。

 

 “つまり、婚約者からのプレゼントではない”ラズミーヒンはそう考えると、名状しがたい理由によりうれしくなった。

 

 「僕はルージンからのプレゼントだと思ったよ。」とラスコーリニコフが言った。

 

 「いいえ、彼はまだドゥーネチカに何もプレゼントしていません。」

 

 「ああ!ところで覚えていますか、母さん、僕がのぼせ上がって結婚しようとしたのを。」突然彼が母の方を見ながら言った。彼女は意外な話の展開と、彼がこのことについて話し始めた時の語気のせいで茫然となった。

 

 「えっ、お前、ええ!」プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナはドゥーネチカ、ラズミーヒンと見合わせた。

 

 「うーむ!そうだ!でもあなた方に何を語ればいいのか。わずかしか覚えていませんから。彼女はそれはもう病んだ娘でした。」彼は続けた。あたかも再び突如物思いにふけり、目を伏せてしまったような具合であった。「病弱も病弱で。物乞いに施すのが大好きで、常に修道院にあこがれていて、一度などはぼろぼろ涙をこぼしていましたよ。僕にそのことについて話始めた時には。そうだ、そうだ・・・覚えている・・・よく覚えている。それはもうまずい・・・器量でした。本当に分からないんです。どうして僕が当時彼女を好きになったのか。ずっと病んでいたせいかもしれません・・・。彼女がさらに足を引きずっているか、あるいはせむしだったなら、僕は多分もっと彼女を好きになっていたでしょう・・・(彼は物思わしげな笑みを浮かべた)。そんな・・・春の熱病みたいなものでした・・・」

 

 「いいえ、それはただの春の熱病じゃないわ。」ドゥーネチカが熱を帯びて言った。

 

 彼は注意深い張り詰めた視線を妹の方に向けたが、その言葉をちゃんと聞き取れなかったか、あるいは全く理解していなかった。その後、黙って物思いにふけったまま立ち上がると、母の元へ行き、彼女にキスをした。それから元の場所に戻り、腰を下ろした。

 

 「お前は今でも彼女のことを愛しているのね!」感極まったプリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが言った。

 

 「彼女を?今?ああ、そうだ・・・彼女のことについてでしたね!いえ。あれらのことは全部今やあの世でのことのような気がしていて・・・それはもうずっと昔のことのような。それに身の回りで起きていること全てが、ここではないどこかで起きているような気がするんです・・・」

 

 彼は注意深く彼らの方を見た。

 

 「ほらあなたたちのことも・・・千露里先からあなたたちのことを見ているような気がする・・・それに何のために僕らがこんなことについて話しているのか分かったもんじゃない!なんだって詳しく聞く必要があるんです?」彼はいまいましげに言い足すと黙り込んだ。爪を噛み、再び物思いにふけりつつ。

 

 「お前の住居はなんてひどいんだろうね、ロージャ、まるで棺桶みたい。」プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが突然言った。重苦しい沈黙を破って。「お前がそんなうつ病になったのは、半分は住居のせいに違いないよ。」

 

 「住居?・・」うわの空で彼は答えた。「はい、住居は大きな影響がありましたね・・・そのことについては僕も考えました・・・でもあなたが今どんな妙な考えを口にしたか分かっていればなあ、母さん」彼は突然言い足した。奇妙な笑みを浮かべて。

 

 さらにもう少し続いたなら、この同席、この親類たち、3年に及んだ別居後の、そしてこの、何かしらについてであれ話しをするなんて到底無理という時の親しみのこもった会話の調子――それらに彼はとうとう我慢しきれなくなっていただろう。だが先延ばしできない一件があった。それはいずれにしても今日必ず決しなければばならなかった――彼はつい先ほど目覚めた時そう決意していたのだ。今彼はこの状況からの出口としてその一件を喜んだ。

 

 「そう、それでなんだが、ドゥーニャ」彼は真剣なそっけない調子で始めた。「僕はもちろん昨日のことについてお前に許しを請いたいと思っている。だがどうあってもお前にもう一度言っておかなければならない。肝心な点について僕はゆずるつもりはないよ。僕か、ルージンかだ。僕はろくでなしでいいとしても、お前は駄目だ。一人で沢山だ。もしもだよ、お前がルージンと一緒になるなら、僕はもうその場でお前を妹だとはみなさないことにする。」

 

 「ロージャ、ロージャ!これじゃ昨日と同じじゃないの。」悲しそうにプリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが叫んだ。「それにどうしてお前はいつも自分のことをろくでなしだなんて言うの。そんな言いぐさには耐えられません!昨日も同じことを・・・」

 

 「兄さん」断固とした、やはりそっけない調子でドゥーニャが答えた。「この件全体に関して兄さんの側に誤りがあります。一晩よく考えて誤りを見つけ出しました。すべては、まるで私が誰かに、誰かのために自分自身を犠牲にしようとしている、と兄さんが想定しているらしい、という点にあります。それは全くそうじゃありません。私はただ自分のために結婚するんです。なぜって自分自身がつらいから。それに付随して、もしそれが親族にとって役に立つことになるならうれしいに決まってます。でも私の決意においてそれは最も重要な動機というわけじゃない・・・」

 

 “嘘をついている!――彼は胸の中で思った。憎しみで爪をかみながら。――傲慢な女だ!護ってやりたいという気持ちを認めようとしない!おお、低劣な性格!彼らは愛しさえするのだ、まるで憎んでいるかのように・・・おお、俺は・・・そんなやつら全員が憎い!”

 

 「簡単に言えば、私はピョートル・ペトローヴィチに嫁ぎます。」ドゥーネチカは続けた。「なぜなら二つの不幸の中でより小さい方を選ぶから。私は彼が私に期待するすべてのことを公正に実行するつもりです。だから彼を欺いていることにはならない・・・なんで兄さんは今そんな風に笑うのよ?」

 

 彼女もかっとなり、その目には怒りが一瞬浮かんだ。

 

 「すべてを実行するだって?」彼は尋ねた。毒のある薄笑いを浮かべて。

 

 「ある限度までなら。ピョートル・ペトローヴィチの求婚の仕方からも形式からしても、私は彼が何を望んでいるのかすぐ分かりました。彼はもちろん自分を高く評価していて、ひょっとしたら高すぎかもしれないけど、私は、彼が私のことも尊重してくれるよう期待しています・・・なんでまた笑ってるの?」

 

 「じゃなんでお前はまた顔を赤くしているんだい?お前は嘘をついている。妹よ。お前はわざと嘘をついている。ただもう女性らしい意固地さで。ただ僕の前で自分の意見を押し通すために・・・お前はルージンを尊敬することはできないよ。僕は彼と会って話したから。だからお前は金のために自分自身を売るんだ。それはだから何にせよ低劣な行いってことだ。お前が少なくとも顔を赤らめることができて僕はうれしく思う!」

 

 「まやかしだわ。私は嘘なんか言ってない!・・」ドゥーネチカが叫んだ。冷静さをすっかり失いつつ。「彼に嫁ぐはずないじゃない。彼が私を尊重して、私を大事にしてくれると確信してないなら。嫁ぐわけない。私自身が彼を尊敬することができると固く信じてないなら。幸い私はこの点についてちゃんと確信できています。今日でさえも。だからこの結婚は兄さんが言うような卑劣なものなんかじゃない!

 

 仮に兄さんが正しかったとして、仮に私が実際に卑劣にふるまうよう決意したとしても、兄さんの方からそんな風に私に言ってくるのは惨いんじゃない?なんだって兄さんは私にヒロイズムを期待するの?自分にだって多分ないだろうに。それじゃ圧制よ。暴力よ。もし私が誰かを破滅させるなら、自分の身だけね・・・まだ誰も殺したことなんてないけど!・・なんでそんな風に私を見るのよ?なんでそんな青くなってんのよ?ロージャ、どうしちゃったのよ?ロージャ、兄さん!・・」

 

 「なんてこと!気絶させてしまったわ!」プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが叫んだ。

 

 「違う、違う・・・何をばかな・・・なんでもないですよ!・・ちょっと目が回っただけです。全く気絶なんかじゃない。あなたたちは気絶ってやつにとらわれすぎですよ!・・ふむ!そうだ・・・ええそれで僕は何を言おうとしていたんだっけ?そうだ。どうやってお前は、彼を尊敬することができて、彼が・・・尊重してくれる、だったか、お前の言ったところによると、ということが間違いないと今日の今思えるんだい?。お前は今日と言ったと思うが?それとも僕の聞き間違いか?」

 

 「母さん、兄さんにピョートル・ペトローヴィチの手紙を見せてあげてください。」とドゥーネチカが言った。

 

 プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナは震える両手で手紙を渡した。彼は興味深そうにそれを受け取った。だがそれを広げる前に、彼は突然何か驚いてドゥーネチカの方を見た。 

 

 「妙ことだ。」彼はゆっくりと言った。まるで突然新しい考えに衝撃を受けたような具合であった。「一体なぜ僕はこんなにあくせくしているんだ?何故のあらん限りの叫びなのだ?誰でも好きな人のところに嫁ぐがいいさ!」

 

 彼はあたかも自分自身に向けて言ったようだったが、それを声に出し、しばらく妹の方を見ていた。まるで当惑しているかのように。

 

 彼はようやく手紙を開いた。依然としてある妙な驚きの体を保ちつつ。それからゆっくり注意深く読み始めると2回通読した。プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナは恐ろしく不安であった。実際全員が何か特別なことが起きるのを待ち構えていた。

 

 「これは僕には驚きです。」いくらか物思いにふけったあと彼は話し始めた。手紙を母に渡し、とりわけ誰に向けてということもなく。「だって彼は実務に携わっていて、弁護士で、それで彼の話はこんななんでしょ・・・癖の強い。――しかも無教養な人が書いているようじゃないですか。」

 

 全員がそわそわし出した。全くそんな反応を予期していなかったのだ。

 

「罪と罰」99(3-3)

 「僕はついさっき目を覚まして出かけようとしたんですが、服のことで足止めをくらいまして。昨日彼女に言うのを忘れていたんですよ・・・ナスターシアに・・・この血を洗い落とすようにって・・・今しがた服を着終えたところなんです。」

 

 「血!何の血なの?」プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナは不安になった。

 

 「それは何でもないんですよ・・・心配には及びません。その血は昨日僕がいくらか熱に浮かされてほっつき歩いている時、一人の轢かれた人に偶然出会ったためなんです・・・一人の役人に・・・」

 

 「熱に浮かされて?でもお前は全部覚えているんだろ。」ラズミーヒンが横やりを入れた。

 

 「それは確かにそうなんだ。」その指摘に対しては何やら特別慎重にラスコーリニコフは答えた。「すべて覚えているんだ。微々たる詳細まで。だがどうしたことだろう。何のために僕はそんなことをして、そこへ行って、そんなことを話したのか?最早うまく説明できないんだ。」

 

 「あまりにも有名な現象さ。」ゾーシモフが割り込んできた。「事の遂行は時に巧みで老練極まりない。だが個々の行為の制御、行為の端緒は混沌としており、様々な病的な印象に左右される。夢に似ているのさ。」

 

 “むしろこれは好都合なんじゃないだろうか。彼が俺をほぼ狂人とみなしているのは。”ラスコーリニコフは思った。

 

 「でもそういったことは、健常者でも同じことなんじゃないかしら。」ドゥーネチカが指摘した。不安そうにゾーシモフの方を見ながら。

 

 「かなり正しいご指摘です。」彼が答えた。「その意味では実際我々はみな、しかもごく頻繁に、ほとんど精神異常者のようなものです。ただ“病んだ人”は我々よりいくらか多く異常である、というわずかな違いはあるので、こうした場合ではどうしても線引きをする必要があります。ですが調和のとれた人間というのは、これは実際の話ですが、まずもって存在しません。何十人、あるいは何十万につき一人の割合でしょう。しかもかなり心もとない例でしょうね・・・」

 

 好きなテーマで夢中になってしゃべっていたゾーシモフの口からうかつにも飛び出した“精神異常者”という言葉を耳にすると、みな少し顔をしかめた。ラスコーリニコフは、あたかも関心がないかのように、座ったまま思案しており、青白い唇には奇妙な笑みが浮かんでいた。彼は何かしらについて考え続けていた。

 

 「さあ、でその轢かれた人が何だっていうんだ?俺がお前の話の腰を折っちまったからな!」ラズミーヒンがなるたけ早口で叫んだ。

 

 「何?」彼はあたかも目を覚ましたような具合であった。「ああ・・・血で汚れちゃったんだ。彼を家に運ぶのを手伝っている時に・・・それはそうと、母さん、僕は昨日許しがたいことを一つしてしまいました。本当にどうかしていたんです。僕は昨日、あなたが僕に送金してくれたお金を全部与えてしまったんです・・・彼の妻に・・・葬式代に。今や未亡人の、肺病病みの哀れな女性です・・・3人の幼い父なし子たちは腹を空かせています・・・家の中には何もありません・・・さらに娘が一人いるんです・・・もしかすると、あなた自身も与えてしまったかもしれませんよ。もしも目にしたなら・・・ですが僕には何の権利もなかったことは認めます。ことにそのお金がどうやってあなた方のものになったか知っていたんですから。助けるなら、まずその権利がなくては。さもなきゃ、“死んでください、畜生ども、もしあなたがご不満なら!”ってとこか。――彼はげらげら笑いだした。――そうじゃないか、ドゥーニャ?」

 

 「いいえ、そうじゃない。」きっぱりとドゥーニャが答えた。

 

 「おやおや!お前も・・・考えるとこありってわけか!」と彼はつぶやいた。ほぼ憎悪一色の視線を彼女に向け、あざけりの笑みを浮かべて。「俺はそのことをよく考えるべきだったな・・・まあ、褒められたものさ。ことお前にとってはいいことだ・・・行きつく果ては、その境界を踏み越えねば不幸、踏み越えればさらに不幸、ということになるかもな・・・だがこんなことはみなくだらないことさ!」彼はいらいらして言い足した。思わず熱を帯びてしまったことをいまいましく思いながら。「僕はただ言いたかっただけです。あなたに、母さんに許しを請う、と。」と言って彼は突然ぶっきらぼうに話を結んだ。

 

 「何を言うの。ロージャ。私は信じていますよ。すべてお前のすることは、みんな素晴らしいことだって!」喜色を浮かべて母が言った。

 

 「信じないでくださいよ。」口をゆがめて笑顔を作り彼は答えた。その後に沈黙が続いた。何か張り詰めたものがこのすべての会話に、沈黙にも、和解にも、許しにおいてもあり、しかも全員がそれを感じていた。

 

 “まるで彼らが俺を恐れているみたいじゃないか”ラスコーリニコフは胸の中で思った。ひそめた眉の下から母と妹に視線をやりつつ。プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナは実際沈黙が長引けば長引くほどおじけていった。

 

 “彼らがいないところで、どうやら僕は彼らをこれほどにも愛していたんだな”という考えが彼の頭をかすめた。

 

 「ねえ、ロージャ、マルファ・ペトローヴナが亡くなったんだよ!」突然プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが沈黙を破った。

 

 「それはどのマルファ・ペトローヴナのことですか?」 

 

 「えっどうして、そりゃマルファ・ペトローヴナ、スヴィドリガイロヴァに決まってるじゃないの!すでに何度も彼女のことについてはお前に書き送ってますよ。」

 

 「ああ、そうでしたね。覚えてますよ・・・で亡くなってしまったと?おお、本当ですか?」突然彼は活気づいた。あたかも目を覚ましたかのように。「本当に亡くなったんですか?一体どうして?」

 

 「それがなんと急死だったのよ!」急いてしゃべり出したプリヘーリヤ・アレクサンドロヴナは彼の好奇心に元気付けられていた。「しかもちょうどまさにあの時、私がお前に手紙を送った、まさにあの日になんだよ!驚いたことに、あのひどい男がどうも彼女の死の原因だったみたいよ。彼女をひどく殴りつけたとか!」

 

 「本当に彼らはそんな関係だったのかい?」と彼は妹に尋ねた。

 

 「いいえ、むしろ逆だわ。彼女に対して彼はいつも非常に忍耐強く、礼儀正しかったくらい。多くの場合において彼女の性格に寛大過ぎていたわね、丸7年間・・・。どうかして突然堪忍袋の緒が切れたんだわ。」

 

 「つまり、彼は全然そんなひどい人ではない、7年間我慢したのだから、と?お前は、ドゥーネチカ、彼を正当化しているように思えるが?」

 

 「いえ、そうじゃないわ。あの人はひどい人です!私はあれ以上にひどいのを想像できません。」身震いが走る直前でドゥーニャは回答すると、眉をひそめ、考え込んだ。

 

 「彼らの間でそれが起きたのは朝でした。」プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナは急いで続けた。「その後彼女はすぐ馬を馬車につけるよう命じました。昼食後すぐ町に出かけられるように。それというのも彼女はいつもそうした場合町に出掛けていましたから。なんでもすごい食欲で食事を召し上がっていたとか。」

 

 「殴られているのに?」

 

 「・・・そうなんだけど、彼女には常にそうした・・・習慣がありましたから。出発に遅れないよう昼食を済ますとすぐ水浴場に出掛けました・・・そう、彼女はどうかしてそこで水浴療法を受けていたんです。彼らはそこに冷たい泉を所有していて、彼女はそこで毎日定期的に水浴びをしていました。それで水に入るやいなや、突如彼女に卒中が起きたんです!」

 

 「然もありなん!」ゾーシモフが言った。

 

 「彼は彼女をいやというほど殴りつけたのかい?」

 

 「それはどうでもいいことじゃないかしら。」ドゥーニャが答えた。

 

 「ふん!ですが母さん、どうしてこんな馬鹿げたことについて話す必要があるんでしょう。」いらいらして、あたかもついうっかりとという感じで突如ラスコーリニコフが発言した。

 

 「ああ、お前、私は何について話し始じめたらいいかもう分からなかったんだよ。」という発言がプリヘーリヤ・アレクサンドロヴナの口から飛び出した。

 

 「一体あなた方は何を、恐れているんです、みんなして僕のことを、だったり?」ゆがんだ笑みを浮かべて彼は言った。

 

 「それは実際本当のことだわ。」とドゥーニャが言った。まっすぐな厳しい視線を兄に向けつつ。「母さんなんて階段を上る時、恐れのあまり十字を切ったんだから。」

 

 あたかも痙攣を起こしたかのように彼の表情はゆがんだ。

 

 「ああ、お前なんてことを、ドゥーニャ!怒らないで、お願いだから、ロージャ・・・なんだってお前は、ドゥーニャ!」狼狽したプリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが話し出した。「私は本当にここに来る時、道中ずっと空想していたんだよ、車両の中で。私たちが会う時のことを、私たちがあらゆることについてお互いに話すときのことを・・・あんまり幸せだったから、旅のことなんて覚えていないくらい!一体私は何を!私は今も幸せだよ・・・なのに訳もなくお前は、ドゥーニャ!私はもうお前に会っているだけで幸せなんだから。ロージャ・・・」

 

 「もう十分ですよ。母さん」きまり悪そうにして彼はつぶやいた。彼女の方は見ず、その手を握りしめて。「思う存分話せるじゃないですか!」

 

 そう言うと彼は突然うろたえ、顔が青くなった。再びついこの前のある恐ろしい感覚が死の冷たさとなって彼の心の表面を走り抜けたのだ。再び彼には突如すっかり明らかに、明瞭なものとなった。彼が今恐るべき嘘をついたこと、今や彼が思う存分話すことなど決してないばかりか、彼にはもうこれ以上何か、誰かと話すことなど決してできない、ということが。この痛ましい考えの印象があまりに強烈であったため、彼は一瞬ほぼ我を忘れ、席を立ち、誰の方も見ず、部屋の外へ出ようと歩き出した。

 

 

「罪と罰」98(3-3)

 「良くなってる、良くなってますよ!」入ってくる人たち迎えてゾーシモフが愉快そうに叫んだ。彼が到着してからすでに10分ほどたっており、昨日の自分の居場所であるソファの隅に腰を下ろしていた。ラスコーリニコフはその反対の隅に座り、身支度はすっかり整えられ、念入りに洗い整髪までされていた。そうしたことはもう大分前から彼には見られないことであった。部屋はたちまち一杯になったが、それでもナスターシアは訪問客の後に続いて進み入り、耳を傾け始めた。

 

 実際ラスコーリニコフはほぼ健康であった。特に昨日に比べれば。ただ顔色が非常に悪く、ぼんやりしており、不機嫌であった。外見上は負傷した人、あるいは何かしらの強い物理的痛みに耐えている人に似ていた。眉は寄り、唇は結ばれ、目つきは病的であった。彼はめったに話さず、それもしぶしぶであった。まるで無理をしているか義務を果たしているかのように。そして何かしらの不安が時折彼の動作に現れていた。

 

 腕に巻かれる何かしらの布切れ、あるいは琥珀織の指覆いがあれば、例えば指が化膿してひどく痛んでいる人、あるいは腕を怪我した人、あるいはそうした類の何かしらをかかえている人と相違なかった。

 

 とはいえこの青白い不機嫌な顔も光に照らされたかのように一瞬明るくなった。母と妹が入ってきた時だ。だがそれも以前の憂鬱なぼんやりに代わって、もっと緊張した苦しみを彼の表情に加えただけのようであった。明るさはほどなく消え失せたが、苦しみは残った。治療に携わり出したばかりの医者の若き全情熱でもって、自分の患者を観察し注意深く目で追っていたゾーシモフは、親族の来訪に伴い、彼の内に、喜びに代わってあたかも最早避けることのできない拷問の1、2時間に耐えんとする重い秘められた決意を、驚きと共に認めた。その後彼は、後に続いた会話のほぼ一つ一つの言葉がまるで患者の何かしらの傷に触れ、それを刺激しているかのようになっていることに気付いた。だが同時に自分を抑え、ほんのささいな言葉で昨日あやうく激昂するところだった昨日の偏執狂たる己の感情を隠す今日の手腕にいくらか驚きもした。

 

 「ええ、僕自身今はほぼ良くなっていると感じています。」愛想よく母と妹にキスしつつラスコーリニコフが言ったので、プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナはすぐ喜びに輝いた。「もう昨日みたいな調子でそう言ってるんじゃないぞ。」ラズミーヒンの方を向き、愛想よく彼の手を握りつつ言い足した。

 

 「そりゃもう今日彼には驚かされましたよ。」来訪者が現れたことを非常に喜んだゾーシモフが話し始めた。なぜならこの10分で自分の患者との会話の種は尽きてしまっていたからだ。「3日か4日くらい後には、もしこのままいけばですが、すっかり以前のようになるでしょう。つまり一ヶ月かあるいは二ヵ月くらい前のように・・・あるいは三ヵ月くらいも前だったりして?そりゃこれはずっと前に始まって準備されていったものですから・・・じゃないですか?自分自身にも責任があったかもしれない、ということを今は認めてますか?」注意深い笑みを浮かべつつ彼は言い足した。まるでまだ何かしらで彼を刺激するのを恐れているかのように。

 

 「大いにあり得ますね。」そっけなくラスコーリニコフが答えた。

 

 「それにつけ加えて言っておきますが」味をしめたゾーシモフが続けた。「あなたが完全に良くなるかどうかは、肝心な点において、今やもっぱらあなた自身にかかっています。すでにあなたと会話できる今、僕としては、あなたの病的な状態の発生に影響を与えた第一の、言うなれば根本原因を取り除くことがどうしても必要で、そうなれば全快するでしょうし、さもないと一層悪くさえなる、ということをあなたにちゃんと伝えておきたいところです。これらの第一原因を僕は知りませんが、あなたにはそれらが分かっているはずです。あなたは賢い人で、そりゃもちろん、自分自身に注意を払ってきましたから。僕が思うに、あなたの不調のきっかけはあなたが大学を退学したことといくらか関係しています。何もしないでいるのは駄目です。なぜって作業とちゃんと課せられた目標は、僕が思うに、あなたを大いに助けることになるでしょうから。」

 

 「はい、そうです。あなたは全くもって正しい・・・うん、僕はなるべく早く大学に入ります。そうすればすべて・・・順調に行くでしょうね・・・」

 

 いくらかはレディたちを前にしての効果をも狙い賢明な助言を始めたゾーシモフであったが、話を終え、自分の聞き手の方に目を遣り、その顔に疑う余地のないあざけりを認めた時は、もちろんいくらか困惑させられた。だがそれも一瞬しか続かなかった。プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナがゾーシモフにお礼を、とりわけ昨夜彼らをホテルに訪問してくれたことに対し言い始めたのだ。

 

 「えっ、彼はあなたたちのところに夜もいたんですか?」ラスコーリニコフはあたかも不安を感じたかのように尋ねた。「つまり、あなたたちも旅の後寝なかったんですね?」

 

 「おおロージャ、そんなことは2時には全て終わってましたよ。私とドゥーニャは家でだって2時より前に横になったことなんて一度もありませんよ。」

 

 「僕もどう彼に感謝すべきなのか分からないんですよ。」ラスコーリニコフは続けた。突然表情が険しくなり、目を伏せていた。「金銭的な問題は脇へ置いておくとして、僕がこのことについて言及するのを許してください。(彼はゾーシモフに話しかけた。)一体何によって僕はあなたからこんな特別な配慮を受けたのか、全くもって分からないんですが?ただ理解できないんです・・・それに・・・それは僕にとって耐え難いことでさえある。なぜって訳が分からないので。僕は率直に言っているんです。」

 

 「興奮しないでくださいよ。」ゾーシモフは無理に笑い出した。「想像してみてください。あなたが僕の最初の患者だと。そう、で僕ら実践に携わり出したばかりの者は、自分の最初の患者を自分の子供のように愛していて、中にはほとんどほれ込んじゃっているのもいます。でも僕は何しろ患者に恵まれていませんでして。」

 

 「彼については何も言いますまい。」ラズミーヒンを指してラスコーリニコフが言い足した。「やはり僕から侮辱的言動と面倒しか受けていないのに。」

 

 「全くくだらぬことを言ってら!お前感傷的になっているんだろ、今日はさ?」ラズミーヒンが叫んだ。

 

 もし彼にもっと洞察力があれば、そこに感傷的な気分など毛頭なく、なにか全く逆のものが存在していたことに気付いただろう。だがアヴドーチヤ・ロマーノヴナはそのことに気付いた。彼女は不安な面持ちで兄をじっと目で追っていた。

 

 「あなたのことについては、母さん、僕に発言する権利はありません。」朝から暗記した課業を繰り返すように彼は続けた。「今日になってやっと、どれほどあなたがここで昨日僕の帰りを待って苦しまねばならなかったか、少しは理解できました。」そう言うと彼は突然、何も言わず笑顔で妹の方に手を伸ばした。だがこの笑顔には噓偽りのない感情がその時は一瞬現れていた。ドゥーニャは差し出された手をすぐ掴むと熱く握りしめた。喜びと感謝に満ちた面持ちで。昨日のちょっとしたいさかい以来初めて彼は彼女とコミュニケーションを取った。この兄と妹の最終的な無言の和解を見て母の顔は歓喜と幸福に輝いた。

 

 「これだから俺は彼が好きなんだ!」いつでも大げさに取るラズミーヒンが、椅子の上で乱暴に向きを変えてつぶやいた。「彼にはこれがあるんだよ!・・」

 

 “何てうまいこと彼はやるんだろう。”母は胸の中で考えた。“何たる高潔な発意。妹との間に昨日生じたぎこちない空気をあんなにもあっさりと、気を利かして解消してしまった――あのタイミングで手を差し伸べて、感じ良く見ただけで・・・何て彼の瞳は美しいんだろう、何て美しい顔をしているんだろう!・・彼はドゥーネチカさえより美しい・・・でもなんてこと、彼の服装ときたら、なんてひどい格好をしているのかしら!アファーナシー・イヴァーナヴィチの店のワーシャ、配達人の彼の方がまだましな格好をしているわ!・・それじゃほらそう、そうなるはずでしょ、彼の元へ飛び込んで、彼を抱きしめて、そして・・・泣きだす――でも怖い、怖いわ・・・いったい彼はどう反応するんだろう、ああ!・・だってほら優しく話しているじゃない、でも怖い!いったい私は何を怖がっているんだろうか?・・”

 

 「ああ、ロージャ、お前は信じないだろうけど」彼女は突然後を引き取った。彼の発言に急いで反応しようとして。「私とドゥーニャが昨日どんなに・・・不幸だったことか!今はもうすべて過ぎ去り、私たちはみなまた幸せだから話せるんだよ。想像してごらんよ、ここへ走って来たのよ、お前を抱きしめるために、車両からほぼ一直線に、するとあの女の人が、あっほら彼女だよ!こんにちは、ナスターシア!・・彼女が私たちに突然言うのよ。お前が強度のアルコール中毒で横になってて、今しがた医者から逃れようとこっそり出て行った、熱病に浮かされたまま、外へ、そしてお前を探し出そうと人が駆け出して行った、って。お前は私たちがどんな思いをしたか信じられないでしょうよ!ちょうどその時私の頭に思い浮かびましたよ。私たちの知り合いでお前の父さんの親友、陸軍中尉のポタンチーコフが悲劇的な死に方をしたのを。――お前は彼を覚えているかい、ロージャ、やっぱり強度のアルコール中毒で同じように外に駆けだして行って、中庭の井戸に落っこちて、翌日ようやく引き上げられるようになったのを。でももちろん私たちはもっとずっと大ごとに受け取りましたよ。ピョートル・ペトローヴィチを探しにすっ飛んで行くところだった。せめて彼の助けでもあればって・・・なぜってそりゃ私たちだけ、完全に私たちだけだったから。」彼女は哀れっぽい声でゆっくり言うと突然口籠った。ピョートル・ペトローヴィチのことについて話すのはまだかなり危険であることを思い出したのだ。“もうみなまた完全に幸せである”にもかかわらず。

 

 「はい、そうですね・・・こんなことはみな、もちろんいまいましいことです・・・」ラスコーリニコフは呟いて返答した。だがあまりに注意散漫でほぼ関心がない様子だったので、ドゥーネチカは驚愕して彼の方を見た。

 

 「ええと、何かまだ言おうとしたことが」彼は努めて思い出そうとしながら続けた。「そうだ、どうか母さん、それにお前も、ドゥーネチカ、僕の方が今日先にあなたたちのとこへ行きたくなくて、あなたたちが先に来るのを待っていた、とは思わないでください。」

 

 「一体何を言うの、ロージャ!」プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが興奮して叫んだ。やはり驚いていた。

 

 “なんで彼は義務的に、とでも言うのか、私たちに答えているのだろう?――ドゥーネチカは思った。――和解するにしても、許しを請うにしても、まるで勤行を行うか、課業を繰り返し始めたみたい。”

「罪と罰」97(3-2)

 こんなことを言いながら、彼女は慌ただしくマントを羽織り帽子を被った。ドゥーネチカも身支度を整えた。彼女の身に着けている手袋が着古されているというだけでなく穴さえ開いている、ということにラズミーヒンは気づいたが、その実このあからさまな装いの貧しさは、二人のレディにある特別な威厳ある様子を与えてさえいた。それは貧しい装いを苦としない人々にいつも見られるものである。ラズミーヒンはドゥーネチカに畏敬の眼差しを向け、彼女を連れていくことに誇りを感じていた。“女王は――彼は胸の中で考えた――監獄で自分のストッキングを繕っていた、まさにその時こそ、より一層真の女王らしく見えたのだ。最も華やかな式典、その登場の時よりも。”

 

 「ああなんてことかしら!」プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナが叫んだ。「私が息子と、私のかわいい、かわいいロージャと会うのを不安に感じるなんて考えたことあるはずもないじゃないの!今私が不安に思っているみたいに・・私は心配なんですよ。ドミートリー・プロコーフィイチ!」おずおずと彼の方を見て、彼女は言い足した。

 

 「心配しないで母さん」彼女にキスしながらドゥーニャが言った。「彼のことを信じた方がいいわ。私は信じている。」

 

 「ああ、神様!私も信じてるわよ。でも一晩中寝付けなかったわ!」哀れな女性が叫んだ。

 

 彼らは通りに出た。

 

 「あのね、ドゥーネチカ、私が明け方に少し寝入るとすぐ、亡くなったマルファ・ペトローヴナの夢を突然見たのよ・・・全身白ずくめで・・・私の方に寄って来て手を取ったんだけど、当人は私に対して首を横に振っているのよ。しかもそりゃ厳しく、厳しく、まるで非難しているみたいに・・・これは吉夢なのかね?ああ、なんてことかしら、ドミートリー・プロコーフィイチ、あなたはまだ知らないんですね。マルファ・ペトローヴナは亡くなったんですよ!」

 

 「いいえ、知りません。どのマルファ・ペトローヴナですか?」

 

 「急死だったんです!それにいいですか・・・」

 

 「あとで、母さん」ドゥーニャが口を挟んだ。「だってこの方はマルファ・ペトローヴナが一体誰なのかまだ知らないんだから。」

 

 「ああ、知りませんでしたか?私はもうあなたが何もかもご存知かと思っていました。許してくださいね、ドミートリー・プロコーフィイチ、私はここのところまともな判断力をすっかり失くしているような状態でして。実を言うと、私はあなたのことを神の思し召しのように考えているんです。それだからあなたがもう何もかもご存知だと信じ込んでいたんですね。私はあなたのことを親戚みたいに考えているんです・・・そんな風に言うからって怒らないでくださいね。あら、大変、右腕をどうしたんですか?怪我したんですか?」

 

 「ええ、怪我しました。」幸福で満たされたラズミーヒンが呟いた。

 

 「私は時々心の内をあまりにも直接口にしてしまうんですよ。だからドゥーニャが私の誤りを指摘するんです・・・それはそうと、いやもうなんという小部屋で彼は暮らしているんでしょう!それにしても彼は目を覚ましたかしら?ここの女の人は、彼の宿主ですけど、まさかあれを部屋だとみなしているわけじゃないでしょうね?そのう、あなたはおっしゃっていますね。彼は心の内を述べるのを嫌っていると。だから私はひょっとすると彼に愛想を尽かされてしまうんじゃ・・・自分の弱点のせいで?・・私に教えていただけませんか、ドミートリー・プロコーフィイチ?私は彼とどう接するべきなのでしょう?私は、そのほら、途方にくれているような状態なんですもの。」

 

 「あんまりいろいろ尋ねないようにしてください。もし彼が顔をしかめているのに気づいたのなら。特に健康については駄目です。嫌がってますから。」

 

 「ああ、ドミートリー・プロコーフィイチ、母であるとはなんと大変なことか!でもほらあの階段が・・・なんて恐ろしい階段なんだろう!」

 

 「お母さん、血の気まで引けちゃってるわ、落ち着いてください。私の愛する人」彼女にすり寄りながらドゥーニャが言った。「あなたに会えば、彼はまた幸せになるに違いないわ。それなのに自分をそんなに苦しめて。」目を輝かせて彼女が言い足した。

 

 「待ってください。目を覚ましたかどうか先に見てきましょうか?」

 

 レディたちは、先に階段に向かったラズミーヒンの後に続いてゆっくり歩き出した。そしてはや家主の戸口のある4階に来ると、家主の戸口がほんのわずか開いていること、二つの素早く動く黒い目が彼ら二人を暗闇の中からじっと見ていることに気付いた。視線がかち合うなり、ドアは突然ばたんと閉まった。あんまりな音がしたので、プリヘーリヤ・アレクサンドロヴナは危うく驚いて叫び声をあげるところだった。