「罪と罰」86(2-7)

 通りの真ん中に止まっていたのは、威勢のいい灰色の馬2頭がつけられた洒落た地主貴族の幌馬車であった。乗っている者はおらず、御者自身も御者台から降りて脇に立っており、馬は馬勒で抑えられていた。辺りは人がひしめき合っており、人だかりの前方には警察官がいた。そのうちの一人は点火された灯火を両手で持ち、それで舗装道路上のちょうど車輪のところにある何かを屈みながら照らしていた。みなが話し、叫び、ああと嘆声を上げていた。御者は困惑の体で時折繰り返し言っていた。「なんちゅう災難だ!神様、なんという災難を!」

 

 ラスコーリニコフは可能な限り分け入って行って、ようやくこの空騒ぎと好奇心の対象となっているものを見た。地面には今しがた馬に轢かれたばかりの人が横たわっていた。見たところ意識はなく、ひどい身なりをしていたが、上品な服を身に付けており、全身血まみれであった。顏や頭から血が流れ、顔面は傷だらけで、皮が剥がれ、歪んでいた。冗談ではすまない轢かれ方をしているのは明らかだった。

 

 「皆さん!」御者は泣いて訴えていた。「いったいどうやったら分かるっちゅうんです!もしあっしが飛ばしてたなら、あるいは彼に叫んでいなかったのならともかく、急いでなんかねえし一定のスピードで走ってたんですから。みんな見てましたぜ。俺が悪いならみんなも悪い。酔っ払いにろうそくを立てられるはずはねえ――分かり切ったこっちゃないですか!・・あの人には気付いてて、通りを渡ってました。ふらふらして倒れそうだった――1回目叫びました、そして2回目、そして三回目、そんで馬たちを止めたんです。でも彼は結局もろ馬の足下に倒れ込んじまった!わざとやったのか、あるいはひどく酔っ払ってたのか・・・馬たちゃ若くて怯えやすいんでさ、――急に動き出した、彼は大声を出す――馬たちはもっと動いた・・・でこの災難です。」

 

 「その通りだ!」誰かしら証人の声が群衆の中から上がった。

 

 「彼が叫んだのは間違いない。3回叫んでた。」別の声が反応した。

 

 「きっかり三回だ。みんな聞いてたよ!」3番目の大きな声が響いた。

 

 とは言え御者はそれほど落胆してショックを受けているでもなかった。馬車の持ち主は裕福な有力者でどこかでその到着を待っているというのが見て取れた。警察は当然ながらこの最終的な状況にどうけりをつけるか少なからず苦慮していた。まずは轢かれた人を警察署へ、そして病院へと収容しなければならなかった。誰も彼の名前を知らなかった。

 

 とかくするうちにラスコーリニコフは分け入って行き、より近くへと屈み込んだ。突然灯火が不幸な男の顔を明るく照らした。彼はその人を知っていた。

 

 「彼を知ってる、知ってるぞ!」押し分けて先頭に出つつ彼は叫んだ。「この人は官吏です。退職してて、9等文官で、マルメラードフと言うんです!彼はこの辺りに住んでて、すぐ近くですよ、コゼーリの建物です・・・医者を早く!僕が払いますから、ほら!」彼はポケットから金を抜き出し警察官に見せた。彼は異常なほど興奮していた。

 

 警官たちは轢かれた人が誰なのか分かり満足していた。ラスコーリニコフは自分の名前も告げ、住所を知らせた。そして一生懸命になって、まるで自分の父親の事であるかのように、なるべく早く意識のないマルメラードフを彼のアパートに運ぶよう説得していた。

 

 「ほらそこ、3軒先です。」彼は必死だった。「コゼーリの建物、ドイツ人の、金持の・・・彼は今多分酔っ払ってて、家にこっそり帰るところだったんですよ。僕は彼のことを知ってます・・・アル中なんですよ・・・むこうには彼の家族、妻と子供たちが住んでて、娘が一人います。病院まで運ぶのにはまだかかりそうですが、ここにはきっと建物のどこかしらに医者がいるはずです!僕が払います、払いますから!・・とにかく処置をしないと、今やらないと、病院に行く前に死んでしまいますよ・・・」

 

 彼は気付かれないよう警官の手の中に押し込みさえしたが、事態は明白で違法な事ではなかった。いずれにせよこの場合助けは得られやすかった。轢かれた男は持ち上げられ、運ばれ始めた。助けてくれる人たちは見つかった。コゼーリの建物は30歩ばかりのところにあった。ラスコーリニコフは後方について慎重に頭を保持し、道を示して歩いた。

 

 「こっちです、こっち!階段は頭を上にして運ばないと、回転させてください・・・そうです!払います、お礼しますよ。」と彼はつぶやいていた。