「罪と罰」18(1−2)

 ラスコーリニコフはすぐにカテリーナ・イヴァーノヴナが分かった。それは恐ろしく痩せた女で、品が良く、背はかなり高くてスタイルが良かった。また髪は美しい濃い亜麻色で、頬は実際斑点が出る程真っ赤であった。彼女は胸の前で手を握り締め、小さい部屋の中を行ったり来たりしていたのだが、唇はかさかさで、不規則な途切れ勝ちの呼吸をしていた。その眼は熱病にかかっているような光を帯びていたが、目付きは鋭く据わっており、その肺病病みの興奮した面持ちは、その上で明滅している消えかけの燃えさしの最後の光に照らし出され病的な印象をもたらした。ラスコーリニコフには彼女は30才くらいに思われた。また実際マルメラードフには釣り合わないように思われた・・・。入って来る者に対し彼女の耳と目は反応しなかった。部屋の中は蒸し暑かったが、窓を彼女は開けていなかった。階段から悪臭が流れ込んできていたのに、階段側のドアは閉じられていなかった。奥の住居から閉じられていないドアを通してタバコの煙がどんどん押し寄せてきており、彼女は咳をしていた。だがドアを閉めようともしなかった。一番小さい娘は6才くらいだろうか、背を丸め、頭をソファに当てがい、何とか座っている姿勢を保ちながら床の上で眠っていた。それより1才年上の少年は隅で全身を震わせ泣いていた。おそらく叩かれたばかりなのだろう。年長の娘は9才くらいで背はやや高く、マッチ棒のようにそれはほっそりしていて、小さくておんぼろの至るところに穴の空いたシャツ一つを身につけていた。むき出しの肩には古ぼけた薄い毛織物の婦人外套がかけられていたが、おそらくそれは2年前に拵えてもらったものなのだろう。というのもそれは今やもう膝にさえ届いていなかったので。彼女はマッチ棒のように長い痩せた片方の腕で幼い弟の首を抱きかかえ、隅っこに並んで立っていた。彼女はどうやら彼をなだめていたらしく、何か彼にささやいて、そのうちまたぐずり出さないようあらゆる手段を尽くして抑えているのだった。そして同時に恐る恐るその大きな大きな黒い目で母の跡を追っていた。その目は、痩せこけていて怯えてきっている小さな顔の中にあってより一層大きく見えた。マルメラードフは部屋の中には入らずにちょうどドアのところで膝立ちになった。それでいてラスコーリニコフを前に押し遣った。女は見知らぬ人を認めると、ぼんやりとしてその前で立ち止まった。一瞬我に返り、頭が働き出したかのようになった。いったい何のためにこの人は入ってきたのだろう。だがおそらく彼女はすぐ彼が他の部屋に行く途中なのだと思ったに違いない。その部屋は通り抜け可能だったのだから。このことに合点が行くともうそれ以上彼に注意を払うこともなく、入口のドアを閉めるためそちらへ歩き出した。すると突然、ちょうど敷居の上に膝立ちでいる夫を認め叫び声を上げた。

 「あ!」――彼女は逆上して叫び出した。――「戻ってきた!囚人!人でなし!・・でお金はどこ。ポケットの中には何が入ってるの、見せなさい!服も違う!あんたの服はどこよ。金はどこなの。言いなさい!・・」

 すると彼女は急に身体検査を始めた。マルメラードフはポケットを探しやすくするためすぐおとなしく従順に両手を開いた。金は1コペイカもなかった。

 「いったいお金はどこにあるの?――彼女は大声を上げた。――おーなんてこと、まさか本当に全部飲んじゃったの!だって12ルーブル長持ちに残ってたじゃない!・・」すると突然、狂乱状態で、彼の髪を掴み部屋の中へ引きずり出した。マルメラードフは膝立ちのままその後におとなしく付いて行くことで彼女の負担を自分から軽くした。

 「これがね、私にとっては喜びなんです!これがね、私にとっては痛みじゃなく、よ―ろこ―びになるんですよ、だーんーなーさーま。」と彼は叫んだ。髪を掴まれて揺さぶられ、一度などは額を床に打ち付けた。床の上で眠っていた子供が目を覚まし泣き出した。隅にいた少年は堪えきれなくなって震え出し、叫び声を上げ姉の元へ駆け出した。非常に怯えており、ほとんどヒステリー状態だった。年長の娘は半ば朦朧とした状態で葉っぱのように震えていた。

 「飲んじゃったよ!全部、全部飲んじゃった!――絶望した不幸な女は叫んだ。――服も違う!腹を空かしてる、腹を空かしているんだよ!(そして彼女は手をもみながら子供たちを指し示した。)おー、忌まわしい人生だ!それであなた、あなたは恥ずかしくないんだ、――突然ラスコーリニコフに食ってかかった。――居酒屋に居たんでしょ!あんたもあいつと飲んだの?あいつと飲んだんでしょ!出てけ!」

 青年は何も言わずに急いで出た。そこへもって奥のドアが開け放たれると、そこから数人のやじ馬が覗き込んだ。にょきっと出ていたのは恥知らずなにやにやした頭で、巻きたばこやパイプをくわえ、丸帽が乗っかっていた。すっかりガウンをはだけ目に余る夏の装いをした人々、手にトランプを持っている人も見えた。特に彼らが腹をかかえて笑ったのは、髪を引っ張られるマルメラードフが、それが彼にとっては喜びなのだと叫んだ時であった。彼らが部屋の中に入り始めるところにまでなると、ついに不吉な金切り声が聞こえてきた。それはどうにか前の方まで通り抜けてきたアマーリヤ・リペヴェフゼーリその人であって、自分なりに事を収め、再三再四不幸な女を、明日にも立ち退きを迫るという侮辱的な命令によって脅すためであった。外に出ると、ラスコーリニコフは片手をポケットに差し入れ、飲み屋で1ルーブルがくずれて手に入ったありったけの銅貨をかき集めると、気付かれないよう小窓に置いた。その後階段で早くも考え直し、後戻りしかけた。

 《全くなんという馬鹿げた、あんなことをしたんだろう、――と彼は考えた。――彼らにはソーニャがいる、むしろ俺にこそ必要じゃないか。》だが取りに戻るのはもはや不可能なこと、またそうでなくてもやはり取らないだろうという結論に達すると、彼は手を振り自分の家に向かって歩き出した。《ソーニャには口紅も確かに必要だ、――通りを歩きながら彼は考え続けた。そして毒々しい笑みを浮かべた。――金がかかるんですよ、この身奇麗にするってやつは・・・ふむ!でもソーネチカはおそらく今日にでも、自身が破産してしまうだろうな。なぜなら同じリスクだからさ、大物狙いの狩り・・・採金業なんかとね・・・で彼らはみな明日には一文無しってことになるわけだ、俺のあの金を除いては・・・おおソーニャ!にしてもすごい泉を掘り当てることができたってもんだ!しかも利用してるんだからな!だって実際利用してるじゃないか!そして慣れてしまった。少し泣いて、そして慣れてしまったんだ。どんなことにだって卑劣漢である人間は慣れてしまうんだ!》

 彼は物思いに沈んだ。

 「でももしも俺が嘘をついているのだとしたら――彼は突如不意に叫んだ。――もしも本当に卑劣漢でないのだとしたら人間が、全員が概して、つまり全人類がだが、そうであれば残されたすべては迷信、魔術によって引き起こされた恐怖心だけということになる。であればどんな障害も存在しないし、それはそのようであるべきでもある!」