「罪と罰」19(1−3)

 彼が目を覚ましたのは翌日のすでに遅く、不安な眠りの後であったが、睡眠は彼を元気づけなかった。目覚めた彼は怒りっぽくて、苛立ちやすく、悪意に満ちており、憎々しげに自分の小部屋を見た。それはちっぽけな物置で、6歩程の奥行があり、極めてみすぼらしい様相を呈していた。黄ばんで埃にまみれ、至るところ壁から剥がれ落ちた壁紙。ほんのちょっとでも背の高い人には不気味に感じられる程低い天井。それゆえ常に今にも頭を天井にぶつけてしまうのではないかと思われた。家具は住まいに似つかわしいものだった。三脚の古い椅子、あまりまともなやつではない。それから隅にあるペンキを塗った机。その上には数冊のノートと本が置かれており、それらが埃まみれであるということだけで、すでに長いこと誰の手にも触れられていないのは明らかだった。そのほかに不細工な大きいソファーがあり、壁のほぼ全部と部屋の幅の半分を占領していた。かつては更紗を被せられていたそれも今となってはぼろぼろでラスコーリニコフの寝床となっている。よく彼はそのままで、服も脱がず、シーツなしで、古い、ぼろぼろの学生用のコートを敷き、頭には小さい枕一つを置いて眠っていたのだが、少しでも枕を高くするために所有している清潔で着古した下着全てを枕の下に置いた。ソファーの前には小さい机が置かれていた。

 これ以上節度を失い、だらしなくなるのは難しかった。だが今のラスコーリニコフの精神状態においては、それは快適ですらあった。ちょうど亀が自分の殻に閉じこもるように、断固としてあらゆることから遠ざかった結果、彼に仕える義務があり、時々部屋をのぞきに来ていた女中の顔までもが彼に癇癪とひきつけを起こさせた。こうしたことはあることに熱中しすぎているマニアの間で見受けられることである。宿主が彼に食事を出すのを止めてすでに2週間になるが、彼はまだ今に至るまで彼女と話し合うために降りて行こうともしなかった。もっとも食事なしで居座ってはいたのだが。ナスターシャ、料理人にして宿主の唯一人の女中はそうした住人の気分をいくらか歓迎しており、彼の部屋の片付けと掃き掃除をすっかり止めてしまった。そんな訳で一週間に一度だけ気まぐれに時々箒に手を伸ばすのである。まさにその彼女が今彼を起こした。

 「起きなよ、なんで寝てんの!――彼を見下ろして彼女は大声で言った。――9時過ぎだよ。お茶持ってきたんだから。せんめてお茶くらいさ。弱っちゃうよ。」

 住人は目を開けるとびくっとし、ナスターシャに気付いた。

 「そのお茶は宿主から、なのかい?」ゆっくりと病人のような様子でソファーから身を起こしながら彼は尋ねた。

 「なじょして宿主が!」

 彼女は彼の前に、私物の少しひびの入った出がらしのお茶の入ったポットを置き、それから二つの黄色い砂糖の塊を置いた。

 「ほら、ナスターシャ、こいつを持ってってくれ、頼む。――と彼は言うと、少しポケットを探し(彼はやはり着たまま眠っていた。)一摘みの銅貨を取り出した。――ちょっと行ってパンを買ってきてくれよ。ソーセージ屋でソーセージを少しぐらいさ、頼むよ、気持ち安いやつでいいんだ。」

 「パンはすぐ持ってきてあげる。ソーセージの代わりにスープじゃだめ?美味しいのよ。昨日のだけどね。昨日のうちにあんたによそっておいたんだけど、帰って来るの遅かったじゃない。美味しいんだから。」

 スープが運ばれ、彼がそれに取りかかると、ナスターシャはソファーの彼のすぐ隣に座り、ぺちゃくちゃやりだした。彼女は田舎の百姓女の類で、非常におしゃべり好きな女であった。

 「プラスコーヴィヤ・パーヴロヴナがさー、警察にあんたを訴えるって。」と彼女は言った。

 彼はひどく顔をしかめた。

 「警察に?何のために?」

 「金は払わない、部屋からは出て行かない。分かり切ったことじゃない、何のためかなんて。」

 「えー、くそ、困ったもんだ。――彼は歯ぎしりしながらつぶやいた。――だめだ、それは俺にとって今・・・まずい・・・馬鹿だ、あいつは――彼は大声で付け加えた。――今日あいつのとこに行って話し合ってくるよ。」

 「馬鹿は馬鹿よ、私と同じ、であんたは、お利口さん、うすのろみたいに寝っ転がってて、何かしているようには見えないけど?前は子供を教えに行ってたんでしょ、今はなじょして何もしないの?」

 「してるよ・・・。」気が進まないながらぶっきらぼうラスコーリニコフは口を開いた。

 「何してるの?」

 「仕事を・・・・」

 「どだ仕事?」

 「考える」ちょっと口をつぐんでから真面目に答えた。

 ナスターシャは急に腹をかかえて笑い転げた。彼女は何かにつけてすぐ笑う質で、笑わせられると、声も出さずにぷるぷると全身を震わせ、吐き気が催してくるまで笑うのだった。
 
 「お金は、たくさん考え出せたかしら?」彼女はようやく口に出すことができた。

 「長靴なしじゃ子供を教えられないよ。全くどうでもいいじゃないか。」

 「そんな素っ気なくしないでよ。」

 「子供で銅貨は稼げるさ。はした金で何する?」まるで自分自身の考えに答えるように彼は渋々続けた。

 「じゃあんたは一時に大金が欲しいってこと?」

 彼は不思議そうに彼女の方を見た。

 「そう、大金がね。」ちょっと口をつぐんでから彼ははっきり答えた。

 「ちょっと、ほどほどにしてよね、びっくりするでない。怖いよ、全ぐもう。パン買ってくる、いい?」

 「どっちでも。」

 「あ、忘れてた。あんたに手紙がさ、きのうあんたがいない時に来てたはず。」

 「手紙!僕に!誰から?」

 「誰からなんて知らないわよ。3コペイカ、郵便配達に自腹で渡しといたから。返してくれるよね?」

 「まあとにかく持ってきてよ、お願いだからさ、持ってきてくれ。――すっかり興奮してラスコーリニコフは叫んだ――ああ!」

 1分後手紙が届いた。案の定、母からで、R県からになっていた。彼はそれを受け取りながら青白くさえなった。かなり前から彼は手紙を受け取っていなかったのだが、今回はまた別の何かが突然彼の胸を締め付けた。

 「ナスターシャ、出てってくれ、頼むからさ、ほら、君の3コペイカだ。とにかくお願いだから早く出てってくれ。」

 手紙は彼の手の中で震えていた。彼は彼女のいるところで封を切りたくなかった。彼はこの手紙と差し向かいになりたかったのだ。ナスターシャが出て行くと、彼はすぐそれを唇の方へ持って行きキスをした。それから随分長いこと宛名の筆跡をじっと見つめていた。馴染み深い、彼にとって快い、細くてやや傾いた、かつて彼に読み書きを教えた母の筆跡を。彼はためらっていた。それはまるで何かを恐れているかのようでさえあった。ようやく封を切った。手紙は長大で、ぎっしりつまっており、2ロットあった。2枚の大きい便箋がそれは細かい字で埋められていた。