「罪と罰」17(1−2)

「ほら、まさにこの瓶がその金によるものでございます。――マルメラードフはラスコーリニコフの方だけを向いてしゃべった。――30コペイカくれましたよ。自分の手でね。最後のお金です。あっただけ全部です。自分で見ましたから・・・。何も言わず、ただ黙って私の方を見たんです・・・。だからこれは地上のことではなく、あちらのことです・・・人間たちのことで悩み、泣き、それでいて責めない。責めないんです!でもこれじゃ一層苦しいんです、一層苦しいんでございますよ。責められないんじゃね!・・30コペイカですよ、確かでございます。でもあれにも今それは必要なんじゃ?どう思われます、親愛なる旦那様。だってあれは今身奇麗を心がけなければならないじゃないですか。お金がかかるんですよ、この身奇麗ってやつは、特別なやつですよ。分かります?お分かりになりますか?そりゃ口紅だなんだって買わなきゃならないでしょう。だってやっぱりなしで済ますわけにもいきませんからね。のりのきいたスカートに、例の小洒落た靴、水たまりを超えなければならないような時に足を見せるためにですよ。お分かりになりますか、ねえ、旦那様、この身奇麗にするということが何を意味するか。さてですよ、でこの私、実の父が30コペイカを迎え酒のために持って行ってしまった!そして飲んでいるんでございます!そしてもう飲んでしまったんでございます!・・さあ、いったい誰がこんな奴を、わたしのような者を憐れむというんです?ええ?あなたは今私を憐れだと思いますか、旦那様、それとも違いますか?おっしゃって下さい、旦那様、憐れだと思うかそうでないか。へ、へ、へ、へ!」

 彼は注ごうとしたが、もう注ぐものがなかった。瓶は空っぽだった。

 「なんでお前を憐れむ?」大声で言ったのは主人で、いつの間にかまた彼らのすぐ近くに来ていた。

 笑い声に罵り声までもが響き渡った。耳を傾けていた者もそうでなかった者も、退職した官吏の様子だけを見て、理由もなく笑い罵るのだった。

「憐れむ!何のために私を憐れむのか!」マルメラードフは、片手を前に伸ばして立ち上がりながら、断固たる霊気を身にまとい突然大声で叫び出した。それはまるでこの言葉だけを待ち受けていたかのようであった。「何のために憐れむのか、そう言いますかあんたは?確かに!私を憐れむ謂れはない!磔にすべきだ、十字架に磔にすべきであって、憐れむべきじゃない!磔にし給え、審判者よ、磔に、とはいえその後は彼を憐れみ給え!すれば私は自分で御身の元へ磔にされに行きましょう。と申しますのは、逸楽ではなく悲しみと涙を熱望しているからであります!・・あんたはどう思う、店員さん、このあんたの酒が私にとって喜びになったと?悲しみ、深い悲しみをビンの底に探し求めていたのさ。悲しみと涙を。そしてそれを味わい、そしてそれを自分のものとした。さて我々を憐れむあの方は全てを憐れみ何もかもお見通しでいらっしゃる。彼は唯一にして、彼はまた審判者でもあられる。あの日にやって来られて、こうお尋ねになる。《さて娘はどこにいる、意地悪い肺病病みの継母と血のつながりのない幼い子供のために自分を売り渡した娘は?娘はどこだ、この世の自分の父を、役立たずの飲んだくれを、その残忍さに慄くことなく憐れんだ娘は?》そしてこう言われるのです。《来なさい!私はすでにお前を一度許した・・・。お前を一度許したぞ・・・今やお前のよろずの罪は許されている。多くの人を愛したがゆえに・・・》というわけで私のソーニャは許されます。許されるのです。すでに知っています、許されることは・・・。ついさっき、彼女のとこへ寄った時、それを心の中で感じました!・・そしてすべてのものが裁かれ許されるのです。善良な者も、意地悪な者も、聡明な者も、従順な者も・・・。そして全てのものに裁きを言い渡すと、私たちにも話しかけるのです。《出て来なさい、と、こう言うのです。あなたたちも!出て来なさい飲んだくれ達よ、出て来なさい意志の弱い者達よ、出て来なさい恥知らず達よ!》そして私たちはみな恥じることなく出て行き、その前に立つのです。すると言われます。《豚だ、お前たちは!獣に似たその姿、またその烙印。だが来なさい、お前達も。》すると賢者が声を上げ、常識人が声を上げます。《神よ!何故にこの者達を受け入れたのですか。》すると言われます。《彼らを受け入れるのはな、賢者たちよ、受け入れるのはな、常識人たちよ、彼らの誰ひとりとして自分がそれに値するとは考えていなかったからだ。》そして私たちの方に自らの手を差し出すのです。すると私たちはしがみつき・・・そして泣き出し、そしてすべてを悟るのです!その時になってすべてを悟るのです!・・そして全員が悟るのです・・・カテリーナ・イヴァーノヴナも・・・彼女も悟る・・・。神よ、なんじの王国が到来しますぞ!」

 そして彼は長椅子に腰を下ろした。衰弱してぐったりしており、まるで周囲のことは忘れ去ってしまったかのように誰の方も見ず、物思いに沈んだ。彼の話はある感銘を与えた。一瞬みなが口をつぐんだ。しかしすぐに以前の嘲笑と悪罵が始まった。

 「お裁きが出たぞ!」

 「ふきましたなー!」

 「お役人様!」

等等。
 
 「行きましょう、旦那様、――頭をもたげてラスコーリニコフの方を向きながら、マルメラードフが突然口を開いた。――私を送って下さい・・・コゼーリの家はすぐそこです。もういいでしょう・・・カテリーナ・イヴァーノヴナのところへ・・・。」

 ラスコーリニコフはもうかなり前から出たかった。とは言っても彼自身マルメラードフを助けるつもりではいたのだが。マルメラードフは口よりも足がずっと弱っていたようで、青年にずっしりともたれかかった。歩かなければならなかったのは2、300歩だった。家に近づくにつれ、動揺と恐れがますます酔っ払いの心を支配していった。

 「カテリーナ・イヴァーノヴナではないんです、今恐ろしいのは――動揺しつつ彼はつぶやいた――髪を引っ張り出すことも怖くない。髪が何だ!・・どうでもいいよ、髪なんて!断言しますよ!その方がいいくらいだ、引っ張り出す方がさ、怖いのはそんなことじゃないんだ・・・私は・・・彼女の目が怖い・・・そう・・・目が・・・頬に出た赤い斑点も怖い・・・それに――あれが呼吸するのも怖い・・・見たことあるかい、この病気にかかっている人がどんなふうに呼吸するか・・・感情が波立っている時にだよ。子どもの泣き声も怖い・・・なぜならもしもソーニャがご飯をあげていなかったら・・・どんなことになるかなんて断じて知らん!知らんぞ!ぶん殴られるのは怖くない・・・いいですか、旦那様、ああしてぶん殴られるのは痛みにならないどころか喜びになることもあるんですよ・・・と申しますのは、それなしじゃ私自身の気が済まないんでして。その方がいいんです。殴らせておけ、鬱憤を晴らさせろ・・・その方がいいんですよ・・・ほら、家です。コゼーリの家です。組立工で、ドイツ人の、金持ち・・・連れてけ!」

 彼らは中庭から入り、4階へ上がって行った。階段は上に行けば行くほど暗くなっていった。すでにほぼ11時であった。この時期ペテルブルクには本当の夜は訪れないのだが、階段の上は非常に暗かった。

 階段の終わり、最上階にある小さい煤だらけのドアは開け放たれていた。ろうそくの燃えさしが10歩程の奥行を持つ貧相極まりない部屋を照らし出していた。部屋全体が玄関から見通せた。あらゆるものが乱雑に置かれており、散らかっていた。特に様々な子ども用のぼろ服がひどかった。奥の隅には穴の空いたシーツが張られていた。その奥にはおそらくベッドが置かれているのだろう。他ならぬこの部屋にあったものと言えば、わずか2脚の椅子に防水布性のひどく傷んだソファー、その前にある古い松でできた調理台だけであった。それは色が塗られておらず、何もかけられていなかった。テーブルの端には、鉄製の燭台に収まった消えかけの獣脂ろうそくの燃えさしが置かれていた。したがってマルメラードフの住居は独立しており、部屋の一部を仕切った貸間ではなかったということになる。だがその部屋は通り抜け可能であった。その先に続くいくつかの部屋あるいはいくつかの狭苦しい部屋(アマーリヤ・リペヴェフゼーリの住居はそれらのいくつかに分かれていた。)に通じるドアは少し開いていた。向こうは騒がしく、声高であった。大声で笑い合っていた。どうやらトランプをして、お茶を飲んでいるようであった。時折飛び出す言葉は極めて砕けたものであった。