「罪と罰」83(2-6)

 「いや」

 

 「馬鹿を言え!」もどかしそうにラズミーヒンが大声を上げた。「お前に何が分かる?お前は自分に責任が持てないだろうが!それにお前はこのことについて何も分かっちゃいない・・・俺は何度となく全く同じように、人とけんか別れしてはまた歩み寄るということをしてきた・・・恥ずかしくなって、それで人のところへ戻って来いよ!だから覚えておけよ、ポチンコーフの建物、3階だぞ・・・」

 

 「いやいや全くこんなふうにしてお前さんは、ラズミーヒンさん、目をかけてやっているという満足感から誰かしらが自分を痛めつけるのを許してやっているんだろうね。」

 

 「誰をだって?俺を!空想に過ぎないとしてもお前の鼻をねじ切るぞ!ポンチコーフの建物、47番、官吏バーブシュキンの住居だぞ・・・」

 

 「行かないよ、ラズミーヒン!」ラスコーリニコフは回れ右をして歩き出した。

 

 「賭けてもいい、お前は来る!」彼の背中に向かってラズミーヒンは叫んだ。「そうじゃなきゃお前は・・・そうじゃなきゃお前とは絶交だ!待てよ、おい!ザメートフは向こうか?」

 

 「向こうにいる。」

 

 「会ったのか?」

 

 「会った。」

 

 「話もした?」

 

 「話した。」            

 

 「何について?いやいや、お前のことなんか知った事か。まあ言うな。ポンチコーフの47番バーブシュキン、覚えておけよ!」

 

 ラスコーリニコフはサドーバヤ広場まで歩いて行くと角を曲がった。ラズミーヒンは考えに耽りながら彼の後ろ姿を目で追った。仕舞に手を振って建物の中に入ったが、階段の途中で立ち止まった。

 

 “くそったれ!”ほとんど聞こえるようにして彼は続けた。“まともに話している。まるで・・・全く俺も馬鹿だ!頭のおかしい奴はまともにはしゃべらないだって?ゾーシモフはまさにこのことを少し不安に感じているようだったじゃないか!”彼は指でおでこを叩いた。“もしも・・・なんで俺は奴を今一人にさせることができるんだ?身投げしちまうかもしれん・・・くそっ、しくじった!絶対だめだ!”そうして彼はラスコーリニコフを追って元来た道を走り出したが、最早影も形もなかった。彼は唾を吐くと、なるべく早くザメートフを質問攻めにしようと“クリスタル宮殿”に早足で戻った。

 

 ラスコーリニコフは真っ直ぐ――橋に向かうと、その中央、欄干脇で立ち止まり、両肘でもたれかかって遠くの方を見始めた。ラズミーヒンと別れると彼は相当衰弱していたので、どうにかここまで辿り着いたといった体であった。彼はどこかに座るか横になりたくなった。もう通りで構わなかった。川の方へ体を傾けると、彼は見るともなしに見た。一日の終わりのバラ色に染まった夕焼けの照り返しを。深まった夕暮れに黒ずむ家並みを。遠くの一つの小窓を。それはどこか左岸の屋根裏部屋にあり、一瞬窓に差し込んだ太陽の残光のせいで、まさに炎の中のごとく燃え輝いていた。下水路の黒ずんだ水を。そしてこの水に見入っているようだった。仕舞に彼の目の前で何かしら赤い諸々の輪が回り始めた。建物が回り、通行人、岸壁、馬車――これらすべてが回り始め、輪になっておどり出した。突然彼はびくっとなった。彼を意識消失から再び救出したのは一つの奇妙でぼやっとした幻だったのかもしれない。彼は、誰かが彼の脇、右側に並んで立っているのを感じた。彼が目を向けると――女性がいるではないか。背の高い、頭にスカーフを巻いた、黄色くて細長いやつれた顔をした、赤みを帯びて窪んだ目をした女性が。彼女は彼の方を真っ直ぐ見ていたが、明らかに何も見えていなかったし、人だと認識してもいなかった。突然彼女は右ひじを欄干につくと、右足を上げ足を柵の外に放り出した。続いて左足を。そして下水路に飛び込んだ。汚水がばしゃんと音を立て一瞬にして犠牲者を飲み込んだ。だがすぐ身投げした女は浮き上がり、音も立てずに下流へと流されて行った。頭と両足は水に浸かり、背中が上になり、落ちた衝撃で位置がずれたスカートは水面上で膨らみ、ちょうどクッションのような格好になっていた。

 

 「身投げしたぞ!身投げしたぞ!」多数の叫び声が上がった。人々が殺到し、両岸は見物人で埋め尽くされていった。橋上のラスコーリニコフの周囲には人だかりができ、群がって彼を後ろから圧迫していた。

 

 「助けて、あれはうちのアフロシニユーシカなんです!」どこか遠くないところで女の哀れな叫び声が聞こえた。「助けて、助けてください!親切な方々、救ってください!」

 

 「ボートだ!ボートだ!」群衆の中から叫び声が上がった。

 

 だがボートはすでに必要なかった。巡査が下水路に下りる小階段を駆け下り、外套と長靴を脱いで水の中に飛び込んだのだ。事は易々と運んだ。身投げした女は下り口からすぐのところを流されており、巡査は右手で女の服を掴み、左手で同僚が差し出した竿につかむことに成功した。身投げした女はすぐさま引っ張り上げられた。その体は御影石でできた敷石の上に寝かされた。彼女は間もなく意識を取り戻した。少し上体を起こして座ると、くしゃみやら鼻からふーふー息を出すやらを始めた。うつろな様子で濡れたワンピースを手でこすりつつ。彼女は何もしゃべらなかった。