「罪と罰」63(2−3)

 彼女の後ろでドアが閉まるや否や、病人は掛かっていた毛布を取り、まるで狂人であるかのようにして寝床から飛び起きた。彼は焼けるような発作的な焦燥を抑えつつ、彼らが一刻も早く出て行くのを待っていた。彼らがいなくなったところですぐさま事に取り掛かるためだ。しかしそれは一体何だ、どんな事なのだ?―――あたかも今、まるで意図していたかのようにそれは彼の頭から消えていた。“神よ!一つのことだけでいいから俺に教えてくれ。彼らは何もかも知っているのか、それともまだ知らないのか。だがもしすでに知っていて、ただ振りをしていて、俺が横になっている間はからかっていて、そしてそこへ突然踏み込んで来て、すべてとっくに知れ渡っている、我々はただ振りをしていただけだ・・・と言ったらどうしよう。一体今何をすべきなのだ?忘れてしまっている。まるで意図したかのように。ど忘れちまった。ついさっきまで覚えていたのに!・・”

 彼は部屋の中央に立ち、苦い疑惑を胸に抱えつつ周囲を見回した。ドアに近寄って開くと聞き耳を立てた。だがそれはその行為ではなかった。突然あたかも思い出したかのようにして、彼は隅っこに飛んで行った。壁紙の穴の所だ。隈なく調べ始め、穴の中に片手を突っ込んで探してみたがそれもその行為ではなかった。彼は暖炉の所に行って蓋を開けると、灰の中を手で探り始めた。ズボンの綻びの塊や破り取られたポケットの屑が、彼がそれらを投げ捨てたままの状態で残っていた。つまり誰も見ていない!ちょうどこの時彼は靴下のことを、ラズミーヒンがつい先ほど話していたことを思い出した。実際それはソファの上、毛布の下にあった。だがすでに当時からあまりにもぼろぼろでよごれていたので、当然ザメートフは何も見分けられるはずはなかった。

“何、ザメートフだと!・・・役所が!・・・でも何のために俺を役所に呼び出すんだ?呼出し状はどこだっけ?あっ・・・俺は混同している。それはあの時求められていたんだ!おれはあの時も靴下を点検した。で今は・・・今俺は病んだままだ。でも何のためにザメートフは来たんだ?何のために奴をラズミーヒンは連れて来たんだ?・・――再びソファに腰を下ろしつつ彼は力なくつぶやいた。――これは一体どういうことだ?俺のたわ言がまだ続いているのか、それともマジなのか?どうもマジっぽいが・・・。ああ、思いだした。逃げないと!一刻も早く逃げないと、疑問の余地はない、確かだ、逃げないと!そのとおりだ・・・でもどこへ?ところで俺の服はどこだ?ブーツがないぞ!片付けられちまった!隠されたんだ!お見通しさ!でもほらコートはある――見落としたんだ!金もテーブルの上にあるぞ、有難いこった!ほら手形も・・・。金を持って出て行こう、そして別の部屋を借りるんだ。連中は突き止められん!・・。あっ、でも住所案内所は?見つかっちまう!ラズミーヒンは見つけるな。逃げてそれっきりがいい・・・遠くに・・・アメリカだ。彼らのことなんて知ったことか!手形も持って行こう・・・向こうで役立つさ。他に何を持って行ったらいい?奴らは俺が病気だと思っているんだ!彼らは俺が歩けることすら知らないんだからな、へへへ!・・。俺は目つきで分かったよ、奴らが何もかも知ってるって!階段を通り抜けられさえすれば!でもそこに見張りが、警察官が立っていたらどうしよう!こりゃ何だ、お茶か?おやビールも残っている。半ボトルあるな。冷たいぞ!”

 彼は瓶を掴むと(そこにはまだコップ丸々一杯分のビールが残っていた)、至福の一杯を一気に飲み干した。それはまるで胸中の火を消しているかのようであった。だがビールが頭に来たかと思うと、軽い、心地良くさえある悪寒が背中を走った。彼は横になり毛布を掛けた。彼の思考はそれでなくとも病んで辻褄が合わなくなっているのに、ますますこんがらがりだした。すると間もなく軽い心地良い眠気が彼を襲った。幸福に満たされた彼は頭でごそごそやって枕の上の適当なポジションを探し出すと、軽い綿の毛布(それは以前の破れた外套の代わりに今彼の上に掛けられていた)に一層しっかりと包まり、静かに息を吐いて、深い癒しの熟眠に就いた。