「罪と罰」80(2-6)

 とうとう彼はそう言った。ほとんど囁き声で。自分の顔をザメートフの顔にこれでもかと近付けて。ザメートフは彼の顔をまじまじと見つめていた。身動きもせず、自分の顔を相手の顔から離すこともせず。後になってザメートフに何より奇妙に思われたことは、きっかりまる1分彼らの沈黙が続き、きっかりまる1分彼らがそうして互いに見つめ合っていたことであった。

 

 「まあいい、何を読んだんです?」戸惑ってじりじりした彼は突然大声を出した。「僕にとって何だって言うんだ!一体そこに何が書いてあったって言うんです?」

 

 「それはほら例のあの老婆ですよ。」ラスコーリニコフは同じようなささやき声で続けた。ザメートフの激発に動揺した様子はなかった。「例のあの、その人のことについて、覚えているでしょ、署で話が始まった時、僕はそう失神してしまった。どうです、もう分かっているんじゃないですか?」

 

 「一体何だって言うんです?何を・・・“分かっている”って?」そう言ったザメートフはほとんど狼狽えていた。

 

 真剣そのもので揺らぎの見られなかったラスコーリニコフの表情が一瞬で一変した。突然彼はまた先程のように発作的にげらげらと笑い出した。まるで自分で自分を抑える力が全く無いかのように。すると一瞬、彼の念頭に最近のある一時のことが非常にはっきりした感覚に至るまで蘇った。彼はドアの後ろに立ち、手には斧、錠前が目の前で踊っている。彼らはドアの向こうで罵り合い、押し入ろうとしている。だが彼は突然彼らに向かって叫び出したくなる。罵り合いたくなる。舌を出していらつかせたくなる。笑いたくなる。げらげら笑いだしたくてたまらなくなる!

 

 「あなたは頭がおかしくなっているか、あるいは・・・」そう言ったザメートフはそこで中断してしまった。まるで彼の頭に突如閃いた考えに打ちのめされたかのようであった。

 

 「あるいは?あるいは何です?ほら、何?さあ、言ってみなさい!」

 

 「何でもありませんよ!」いらついているザメートフが答えた。「みなくだらないことだ!」

 

 二人は黙った。いきなり始まった発作的な馬鹿笑いの後、ラスコーリニコフは突然物思いに耽り、沈痛な面持ちになった。彼は肘をテーブルにつき、手で頭を支えた。彼はザメートフのことをすっかり忘れてしまったらしかった。沈黙はかなり長い間続いた。

 

 「どうしてお茶を飲まないんですか?冷めますよ。」ザメートフが口を開いた。

 

 「え?何?お茶?・・まあそうだね・・・」ラスコーリニコフはコップから一口飲むとパンの一切れを口の中に入れた。すると突然、ザメートフの方に目を遣ると、すべてを思い出したらしく、まるで気が晴れたような様子だった。この同じ瞬間、彼の顔には以前の馬鹿にしたような表情が戻った。彼はお茶を飲み続けた。

 

 「今はくだらないペテンがやたら増えましたね。」ザメートフが言った。「ついこの前“モスクワ通報”で読んだんですけど、モスクワで貨幣偽造集団が全員まとめて捕まったそうです。完全に組織だったものでした。札を偽造していたんです。」

 

 「えっ、そりゃもう大分前の話だ!僕はもう一月前に読みましたよ。」落ち着いてラスコーリニコフは答えた。「するとこうした連中があなたの意見ではペテン師ということですか?」彼は薄笑いを浮かべながら言い足した。

 

 「ペテン師ではないとでも?」                                                  

 

 「こんなのが?こりゃ子供、青二才でペテン師なんかじゃないよ!50人もの人間がこんな目的のために集まっている!こんなことあり得るのかい?3人でも多いくらいだ。その場合は各々が自分自身より仲間をもっと信頼していなければならないんだけどね!そうでないと一人が酔って口を滑らせりゃ、すべておじゃん!青二才なのさ!当てにならない人間を雇って銀行で札を換金させている。そんな事初めて会うような人間に任せるかい?まあいい、仮に青二才どもとうまくやれたとしよう。各々が100万ずつ手に入れたとしよう。でその後は?残りの人生は?各人は他人を当てにして残りの全人生を生きなければならない!首吊って死んだ方がよほどましさ!だが彼らは換金の仕方さえ知らなかった。銀行で換金しようとして5千受け取った。すると手がぶるっと震えた。4千までは数えたが、5千までは数えずに受け取った。ただもうポケットに突っ込んでできるだけ早く逃げ去りたい一心で。さあ、それが疑惑を呼んだ。一人の馬鹿のせいですべてが駄目になった!こんなこと本当にあり得るのかい?」「手が震えたことが?」ザメートフが引き取って言った。「いや、それはあり得ることだよ。うん、僕としては完全に確信してるが、それはあり得ることなんだ。耐えられない時もあるのさ。」

 

 「こんなことが?」

 

 「君なら耐えられるだろうって?そうかな、僕なら無理だね!100ルーブルの報酬でそんなとんでもないとこに!偽札を持って――いったいどこに――銀行へ、そうしたことはお手のものって場所に。無理だ、僕なら動揺してしまうな。君は動揺しない?」

 

 ラスコーリニコフは突然また猛烈に“あっかんべー”をしたくなった。戦慄が一分おきに背中を走っていた。

 

 「僕ならそんな風にはしないね。」彼は遠回しに始めた。「僕ならまあこんな風に交換するかな。最初の千を大体4回ばかり最初から最後まで数える。一枚一枚に目を通して。そして次の千に取り掛かる。数え始めて半分まで行ったら、任意の50ルーブルを取り出し、光にかざして見る。そしてそれをひっくり返してまたかざして見る。――偽札かもしれないだろ?僕は言う。“心配なんですよ。私の某親類が25ルーブルをそんなことでつい最近失いましてね。”そしてその話をここで語って聞かせる。そして三つ目の千を数え始めた時に――いけない。すみませんが、僕はどうやらその、二つ目の千を数えている時、七つ目の100ルーブルを間違って数えたかもしれません。その可能性が高いです。三つ目を止めにして、また二つ目を数えます。――こんな風にして計5回。で終わったら、五つ目と二つ目から一枚ずつ紙幣を抜き出して、また光にかざす、またあやしい、“交換してください”――事務員をくたくたにさせると、彼はもうどうやったら僕を厄介払いできるのか分からない!ようやくすべてを終え、立ち去ろうとドアを開ける――しまった。すみません。何かしらについて尋ねたくて、何かしらの説明を聞きたくてまた戻ってきました。――まあこんな具合に僕ならするな!」