「罪と罰」2(1−1)

 だからと言って彼はそれほど臆病でも、気が弱いわけでもなく、むしろ全くその逆でさえあった。だがしばらく前から彼は、ヒポコンデリーに似た苛立ち易い張り詰めた状態にあった。彼は自分の内に深く沈み込み、他人から遠く離れたところにいたので、女家主に限らずあらゆる人との出会いを恐れていた。彼は貧しさに押し潰されていたが、窮乏生活ですら近頃は苦にならなくなっていた。彼は差し迫った自身の問題に取り組むのを完全に放棄し、もう考えたくもなかった。女家主が彼に対して何を企ようと、本質的には彼女のことなど全く恐れていなかった。だが、階段で捕まったら最後、彼にとってはどうでもよいあの下らぬ世間話、あのしつこい督促、脅し、泣き言を延々と聞かなければならない、しかもその際には彼自身が言い訳をし、謝り、嘘をつかなければならなくなる――絶対に御免だ、そんなことなら誰にも見つからないよう、どうにかして猫のようにさっと階段を走りぬけ、こっそり姿を消した方がましである。

 にも関わらず今回は、通りに出るとすぐ、女貸し主に出くわす恐怖心が他ならぬ彼を驚愕させた。