「罪と罰」9(1−1)

 ラスコーリニコフはすっかり動揺して出てきた。この動揺はますます強くなっていった。階段を下りながら彼は何度か立ち止まりさえした。それはまるで何かに急に打ちのめされたかのようであった。そしてとうとう、すでに往来に出た後であったが、彼は叫んだ。

 《ああ!何もかもいやだ!まさか、本当に俺は・・・いや、これは戯言だ、ナンセンスだ!――断固として彼は言い添えた。――果たして俺は本当にあんな恐ろしいことを思いつくことができたのだろうか。だがそれにしても、なんて醜悪なことを許容できるのだろう俺の心は!要するに、醜悪で、いやらしくて、忌まわしくて、卑劣なのだ!・・それで俺は、丸一月・・・》

 だが彼は己の動揺を言葉でも、叫びでも表現することはできなかった。老婆のとこに向かってただ歩いていた時に、すでに彼の心を押さえつけ曇らせ始めていた果てしない嫌気が、今あまりに大きくなり、あまりにはっきりとなったので、彼はどうしたら自身の憂鬱から逃れられるか分からなかった。通行人に気付かず彼らにぶつかりながら、彼は酔っ払いのように歩道を歩いた。正気に返った時にはもう次の通りに来ていた。見回すと大衆酒場の目の前にいることに気付いた。その入口は歩道から階段伝いに下へ、地階へと伸びていた。ちょうどこの時ドアから二人の酔っ払いが出てきて、互いに支え合い、罵り合いながらやっとのことで往来に上がってきた。思い迷うことなく、ラスコーリニコフはすぐ下に降りて行った。今まで彼は大衆酒場に入ったことはなかったが、今回は頭がくらくらしていた上、焼けつくような喉の渇きが彼を苦しめていた。彼は冷たいビールが飲みたくなった。突然の衰弱の原因を空腹にもあると考えていただけになおさらであった。うす暗くて汚れている隅でべとべとする小さいテーブルに腰を落ち着けると、彼はビールを頼み、最初の一杯をむさぼるように飲み干した。すぐさますっかり気が楽になり、考えがはっきりとなった。《こんなことはみんな戯言だ――希望に胸をふくらませて彼は言う――今回動揺しなければならないような事は何もなかったのだ。体の不調にすぎないってことだ!わずか一杯のビールと一切の乾パン――すると立ち所に意識はしっかりしてくる、考えははっきりしてくる、どうすべきかは固まってくる。ぺっ、こんな馬鹿馬鹿しいことはない!・・》しかしこの蔑むようなつば吐きにも関わらず、彼はすでに心軽やかに見えた。それはまるで急に何らかの恐ろしいプレッシャーから解放されたかのようであった。そして愛想よく居合わす人たちを見回した。だがこの時でさえ彼は、この楽天的に過ぎる状態もまた病的であるとどことなく感じていたのであった。

 酒場にその時人はわずかしか残っていなかった。階段で出会った二人の酔っ払いの他さらに、彼らの後に続いてすぐ、売春婦一人を含む、アコーディオンを所持する5人ばかりの騒々しい集団が一斉に出ていった。彼らが居なくなると静かでひろびろとなった。残ったのは一人の酔っ払った、といっても少しだけだが、ビールを飲んでいる見た目は町人といった男とその友人。太っていてばかでかく、腰部のくびれた詰襟服を身に付け白いあごひげを蓄えている。深く酔っ払っており、ベンチの上でまどろみ始めていた。時折寝ぼけてでもいるかのように、両手を別々な方向に広げて指を鳴らし、ベンチからは立ち上がらずに上半身を使って体を揺するといったことを突発的にし始めていた。また歌詞を思い出そうと努力しながら、スナップに合わせてでたらめの類を歌っていた。例えばこんな具合に。

 丸一年妻をかわいがった、まるーいちねんー、つまーをー、かわいーがったー・・・

 あるいは覚醒したかと思うと再び

 役人通りを歩き出すと、前の彼女を見つけました・・・

 しかし彼の幸福を分かつ者はなかった。寡黙な友人はこうしたすべての激発に対し敵意さえある不信の眼差しを向けていた。そこにはもう一人いて、見かけは退官した役人といったところだった。時々ちびちび飲んだり辺りを見回したりしながら、小さいグラスの前に一人離れて座っていた。彼もまたある種の興奮状態にあるようであった。