「罪と罰」8(1−1)

 青年の入った小さな部屋は、黄色い壁紙で、ゼラニウムが置かれており、窓にはモスリン製のカーテンがかかっていた。そこはこの時夕日に明るく照らされていた。《ということは、あの時も同じように日が差しているだろう!・・》――不意にラスコーリニコフの脳裏をかすめたかのようであった。それからできるだけ配置を理解し記憶に留めるため、彼は室内のすべてをすばやく見回した。しかし部屋に特別な物は何もなかった。家具はみな非常に古く、黄色い木材でできていた。非常に大きい湾曲した木製の背もたれが付いた長椅子、その前に楕円形の丸テーブル、窓と窓の間の壁面に小さい鏡の付いた化粧台、壁に沿って数脚の椅子、そして黄色い小さな額に収まっている二、三の安物の絵、そこには両腕に数羽の鳥を抱えているドイツ人の令嬢たちが描かれていた――これが家具の全部だった。隅では小さいイコンの前で灯明が灯っていた。すべてが非常に清潔であった。家具も床も光沢が出るほど磨かれており、一切が輝いていた。《リザベータの手によるものだな》――青年は思った。部屋のどこをとってみても塵ひとつ見つけることはできなかった。

 《意地の悪い年老いた後家ってやつは、こんな清潔にしていたりするものなのだ。》――ラスコーリニコフは胸の中で考え続けた。そして二つ目のちっぽけな小部屋に通じているドアの前に掛かった更紗のカーテンの方を物珍しそうに横目で見た。その小部屋には老婆の寝床とたんすがあり、彼はまだ一度も立ち入ったことがなかった。住戸全体はこの二つの部屋から成り立っていた。

 「ご用は何ですか。」ババアは部屋に入ると、彼の顔を直視できるよう前と同じように正対して立ち、厳しい調子で言った。

 「質草を持って来ました、これです!」そして彼はポケットから古くて平べったい銀の時計を取り出した。その裏面には地球儀が描かれていた。小さい鎖は鋼鉄製であった。

 「ですけど前の質草の期限じゃないですか。期限を過ぎて、一昨日でもう一月になりますよ。」

 「もう一月分利息を入れます。ちょっとこらえて下さい。」

 「でもこれについては私の腹一つですからね、お前さん、大目に見るのも今すぐお前さんの物を売り払うのも。」
 
 「時計ならかなりになりませんか、アリョーナ・イヴァーノヴナ。」

 「それにしてもがらくたを持ってきますね、お前さん、まあ一文にもならないですね。指輪もどきに前回は二枚遣ったけど、それにしたって宝石屋じゃその新しいやつを1ルーブル半で買えるんですからね。」

 「4ルーブルばかり貸して下さい、受け出します、親父のですから。じき金が手に入るんです。」

 「1ルーブル半で利子は先払いですね、まあどうしてもとおっしゃるなら。」

 「1ルーブル半!」青年は叫んだ。

 「ご自由に。」すると老婆は彼に時計を突き返した。青年はそれを受け取ると、あまりにも腹が立ったため危うく立ち去りかけた。しかし他に行くあてがないこと、もっと別の目的のためにも来たことを思い出し、すぐに考え直した。

 「いいでしょう!」と彼は吐き捨てるように言った。

 老婆は鍵を取り出すためポケットに手を突っ込むと、カーテンの奥の別の部屋に行った。部屋の真ん中に一人残された青年は聞き耳を立て、あれこれ考えた。たんすの鍵を開けたのが聞こえた。《おそらく上の引き出しだ。――考えは巡る。――鍵は右のポケットに入れて持ち歩いていることになる・・・全部一つにまとめて、鋼鉄のリングに通してある・・・その中にあったある鍵は一番大きくて、他の三倍はあった、ぎざぎざのひげ付きだったな、もちろんこれはたんすのではない・・・ということはその他に何らかの小箱あるいは小型長持ちが存在していることになる・・・こいつは面白い。小型の長持ちの鍵はみんなあんなだ・・・それはそうとしかし、なんて下劣なんだろう、こう何もかも・・・》

 老婆が戻って来た。

 「どうぞ、お前さん。一月につき1ルーブル当たり10コペイカの利子だとすると、1ルーブル半に対しては15コペイカ頂くことになります。これを一月分先に頂きます。それから前の2ルーブルに対しては今と同じ計算でさらに前もって20コペイカ頂きます。つまり合計で35コペイカですね。今回あなたが時計で受け取れるのは全部で1ルーブル15コペイカということになります。どうぞお受け取り下さい。」

 「えっ!本当に今回は1ルーブル15コペイカ!」

 「その通りでございます。」

 青年は言い争いを始めるでもなく、金を受け取った。彼は老婆の方を見つめたまま、すぐに立ち去らなかった。その様子はまだ何か言いたいか、したいことがあるといった風であったが、彼自身それがいったい何なのか知らないかのようであった・・・

 「僕はあなたのとこに、アリョーナ・イヴァーノヴナ、多分近いうちに、さらに一品持ってきますよ・・・銀の・・・素晴らしい・・・巻煙草入れ一つ・・・知り合いから取り戻したらすぐにでも・・・」彼は決まり悪くなって黙ってしまった。

 「それじゃその時になったらまた聞きましょう、お前さん。」

 「失礼します・・・それはそうとあなたはいつもうちに一人でいるんですか、妹さんはいないんですか。」玄関に移動しつつ、彼はできるだけ打ち解けた調子で尋ねた。

 「それがあなたにどんな関係があるんです、お前さん。」

 「いや、別に。なんとなく聞いてみたんです。だってあなたはついさっき・・・それじゃ、アリョーナ・イヴァーノヴナ。」