「罪と罰」12(1−2)

「いいえ、ありませんね。」ラスコーリニコフは答えた。「それはいったいどういうことです。」

「あのですね、私はそこから来たのです、そしてもう五日目の夜でございます・・・」

 彼はコップを一杯にしてから飲み干し、物思いに沈んだ。実際彼の服そして髪にまでも、ところどころにくっついた干草の茎が見えた。彼が五日間同じ服で顔も洗っていなかったのはほぼ間違いなかった。特に手は汚れており、脂ぎって赤く、爪は黒かった。

 彼の話は全員の関心を、もっとも気だるそうなものであったが、呼び覚ましたようであった。少年たちはカウンターの奥でくすくす笑い出していた。主人は《道化》の話を聞くために上の部屋からわざわざ降りて来たらしく、気だるそうに、だがもったいぶって時々あくびをしながら、少し離れて座った。どうやらマルメラードフはここではかなり前から知られた人であった。また気取った口調の傾向はおそらく、様々な初対面の人と交す度重なる居酒屋談義に対する慣れのせいで身についたものであろう。この慣れはある種の酒飲み達においては欲求へと変わるのだが、彼らのうちの大部分を占めているのは家庭で厳しい扱いを受け、酷使されている人たちなのである。それ故に飲み仲間の間にあっては、彼らはまるで己の無罪を勝ち取ろうとするかのように絶えず努力すらしていて、そしてもし可能であれば尊敬さえをも狙っているのである。

「道化!」でかい声で主人が言った。「じゃなんで働かないんだよ、なんで勤めていないんだよ、役人ならさ。」

「何ゆえに私が勤めていないか、旦那様」マルメラードフはラスコーリニコフの方だけを向きながら質問を引き取った。あたかもそれがラスコーリニコフが彼に出した質問であるかのようにして。

「何ゆえに勤めていないかですって。じゃ本当に私の心は痛んでいないって言うんですか、いたずらにみじめな生活を送っていることについて。レベジャートニコフ氏が一月程前私の妻を自らの手で殴った時、もっとも私は酔っ払ってダウンしていましたが、私が苦しまなかったとでも。失礼ですが、お若い方、あなたは・・・うむ・・・えー、借金を申し込んだことなんかありますか、見込みなしで。」

「ありますが・・・見込みなしでというのはいったいどういうことです。」

「つまり見込みが全くないということでございまして、このことからは何も生じないということがあらかじめ分かっていながらということです。例えばあなたは前もってちゃんと知っているのです。その人物が、最も善意に溢れ、有用極まりないその市民がどうあってもあなたに金を貸さないということを。と申しますのは何のために、お尋ねします、彼は貸すというのです。だって彼は私が返さないことを確かに知っているんですよ。同情からですか。でも新しい思想を追っかけているレベジャートニコフ氏がついこの間説明してくれましたよ。同情というものは今日、科学によってさえも禁じられていて、すでにそのようにイギリスではなされているんだそうです。経済学のある向こうでは。お尋ねします、一体何のために彼は貸すんです。そこでです、前もって貸さないことが分かっていながら、やはりあなたは出かけます。そして・・・」

「一体何のために行く必要があるんです。」ラスコーリニコフは言い添えた。

「でももしもすがれる人がいなかったら、もう他に行くところがなかったら!だってどんな人にだってどこでもいい、出かけられる場所がなければならないじゃないですか。と申しますのはどこでもいい、出かけることが確かに必要な時というものがあるからです。私の一人娘が初めて黄色い札のことで出かけた時、私もやはりその時出かけました・・・(と申しますのは、私の娘は黄色い札で生活しているのでございます・・・)ある種の不安を抱えて青年の方を見遣りながら、彼はついでに言い足した。「どうってことはないんです、旦那様、大したことじゃありませんよ!」カウンターの奥で二人の少年がせせら笑い、マスターまでもが笑い顔になった時、彼は直ぐ急いで、見たところ落ち着いて言明した。「大したことじゃございません!うんうん頷かれたってなんとも思いません。と申しますのはすでに全員にすべて知れ渡っていて、すべての秘密が明らかになりつつあるからです。というわけで軽蔑ではなく諦観を持ってこれに臨むこととします。させておけ!させておけ!《この人を見よ!》失礼ですが、お若い方、あなたは出来ますか・・・いや違う、もっと強烈に、もっと視覚に訴えるように説明しなくては。あなたは出来ませんか、いやあなたには勇気がありますか、今私をじっと見て私が豚ではないと自信を持って言う勇気が。」青年は一言も答えなかった。

「ええとですね」再び続いて室内で起こったくすくす笑いが終わるのを待つと、演説者は堂々としかも今回は高められた威厳さえ伴って続けた。「ええとです、私は豚だとしても、彼女はレディーですよ!私は獣のような格好をしていますが、カテリーナ・イヴァーノヴナ、私の妻は、教養のある人間で出は佐官の娘です。いいですとも、いいですとも、私は下劣な男だとしても。ですが彼女は教育によってもたらされた高潔な心と洗練された感情で満ち満ちているんです。ところが現実は・・・あー、私を憐れんでくれるといいんだがなー!旦那様、旦那様、だってね、どんな人にだって、その人をとにかく憐れんでくれるような場所がせめて一つどうしたって必要じゃないですか!ですがカテリーナ・イヴァーノヴナという女性は、心は広いのですが、常識に欠けているです・・・。私自身は理解しておりますとも、彼女が私の髪の毛を引っ張るとき、それは他でもない心からの憐れみゆえに引っ張るのだということは(と申しますのは、臆面もなく繰り返します、彼女は私の髪の毛を引っ張るのです、お若い方、――くすくす笑いを再び耳にすると、彼は格別な威厳をもって強調した。)ですが、ああ、彼女が一度でいいから・・・。いや、そうじゃない!そうじゃない!こんなことはみな虚しいことで話すべきじゃない!話すべきじゃない!・・と申しますのは、希望がかなったのは一度きりというわけではありませんし、憐れんでもらったのも一度きりというわけではないのです。なのに・・・そんなもんなんですよ私ってやつは、それにしても俺は生まれつきの畜生だ!」

「異議なし!」あくびをしながら主人が発言した。
 
 マルメラードフは決然として拳でテーブルを叩いた。
 
「そんなもんなんです私ってやつは!ねえ、ご存知ですか、旦那様、私は彼女のストッキングまで飲んでしまったんですよ。靴ではないのでございます、と申しますのはこっちはまだ事の成り行きとしていくらか有り得ることじゃないですか、ですがストッキングを、彼女のストッキングを飲んでしまったんでございますよ。ヤギの毛でできたスカーフも飲んでしまいました、それは贈られた物で、結婚前の、彼女自身のものです。私のじゃありません。でね、私たちが暮らしているのは寒い貸間なんですが、彼女はこの冬かぜをひきまして、咳をするようになり、すでに血痰を吐いています。子供は小さいのが三人おりまして、カテリーナ・イヴァーノヴナは朝から晩まで仕事をしているんです。磨いて、洗濯して、子供たちを洗ってやるんです。と申しますのは清潔であることに小さい時から慣れているせいなんです。ですが胸が弱く、肺病の気がありましてね。私はこうしたことを分かっております。私が分かっていないとでも。飲めば飲むほどより分かるんです。何のために飲むか、それはこの酒の中に同情と愛情を探し求めているからなんです。慰みではなく合一された悲しみを探し求めているんです・・・飲みますよ、と申しますのは殊更苦しみたいからなんです!」すると彼は絶望したかのように、テーブルに頭をもたせかけた。