「罪と罰」35(1−6)

 後になってラスコーリニコフは、一体何のために町人と農婦がリザヴェータを自分たちの元に呼んだのかを、どうかして偶然にも知ることとなった。事の次第はごくありふれており、そこにそれほど特別な要素は何もなかった。よそから来た落ちぶれた家族は身の回り品や服などを売っていたのだが、それらはすべて女性ものであった。市場で商売しても儲からないので女の行商を探すこともしており、それでリザヴェータがそれをやっていた。委託を受けて行商をしており、沢山の顧客を持っていた。それというのも非常に誠実でいつも最低限の値段を言うからであった。彼女がある値を言うと、それはきっとその通りになるのだった。概してしゃべること少なく、すでに述べたことだが、非常に従順でびくびくしていた・・・。

 だがラスコーリニコフはこのところ迷信に囚われやすくなっていた。迷信の痕跡はずっと後まで彼の中に残っており、ほとんど拭い去り難いものであった。そしてこれらすべての事において後に彼はいつもある種の不可解さ、神秘性のようなものを、まるである特別な影響や符号が存在するかのようにして見て取る傾向があった。すでに冬、ある彼の知り合いの学生パコレフがハリコフに立つ直前、会話の中で彼にどうかして老婆アリョーナ・イヴァーノヴナの住所を教えていた。万一何かを質入れしなければならなくなった時に備えてということだった。長いこと彼は彼女のところへは行かなかった。それというのも家庭教師の仕事がありなんとかやっていけたからである。一月半ほど前に彼はその住所を思い出すことになった。質入れするのに適した品を彼は二つ持っていた。古い父親の銀の時計と何かしらの赤い宝石が三つ付いた小さな金の指輪がそれである。それは妹と別れる際に記念として彼に贈られたものであった。彼は指輪を持っていくことに決めた。老婆を探し出し一目見た瞬間から、まだ彼女のことについてこれといったことは何も知らないのにも関わらず如何ともしがたい不快感を感じた。“切符”を二枚受け取ると、途中一軒の小汚い旅籠屋に寄った。彼は茶を頼むと腰かけ深く考え込んだ。妙な想念が彼の頭の中で殻を破って出てきた。あたかも卵から雛が出てくるように。そして彼をどんどん虜にしていった。

 ほぼ彼と並んで別の小テーブルに学生――その人のことを彼は全く知らなかったし思い出せもしない、と若い将校が腰掛けていた。彼らはビリヤードをした後お茶を飲み始めた。

 すると突然彼の耳に、学生が将校に高利貸しアリョーナ・イヴァーノヴナ、10等官の後家について話しているのが、また彼にその住所を教えているのが聞こえてきた。こんな一つのことがすでにもうラスコーリニコフにとっては何だか妙なことに思われた。ついさっきそこから来たばかりなのに今ちょうどまさにその彼女が話題になっている。もちろんたまたまである。だが彼はその時にはある非常に奇妙な印象からどうしても自由になることができなかった。とその時ちょうどあたかも誰かが彼に取り入るようなことが起きる。学生が突然連れにそのアリョーナ・イヴァーノヴナのことについて様々なことを詳細に教え始めたのだ。

 「素晴らしいよ、あいつは」と彼が言った。「あいつのところならいつでも金が手に入る。金持ちなることユダヤ人のごとしさ。一度に5千出せるんだぜ。それでいて1ルーブルの担保だって馬鹿にしないんだからな。俺らの仲間なんて相当奴のところに出入りしてるぜ。ただとんでもない悪党だけどな・・・。」

 そうして彼は話し始めた。彼女がどんなに意地悪で気まぐれか、また一日担保の期限を越してしまうや否や品が流れてしまったこと。品の価値の4分の1を貸し出しておいて利息は月に5いや7さえ取る等々。学生はしゃべることに夢中でその他にも、老婆にはリザヴェータという妹がいて、その妹のことをあんなにも小さくていやらしいあいつはひっきりなしに殴り完全なる奴隷状態にしている、まるで小さな赤ん坊のように、リザヴェータの身長は少なくとも175㎝はあるというのに・・・といったことを告げた。

 「こいつがまた珍しい手合いでさ!」と大声を上げた学生は笑い出した。

 彼らはリザヴェータのことについて話し始めた。学生はある種特別な満足感を持って彼女のことについて話し、終始笑顔であった。一方の将校は大変興味深そうに耳を傾けており、そのリザヴェータを下着の修繕のために自分の元に寄越すよう学生に頼んでいた。ラスコーリニコフは一言も聞き漏らさず、一度で全てを頭に入れた。リザヴェータが老婆の腹違いの(母親が異なる)妹で、すでに35才であること。彼女は姉のために日夜働き、料理女と洗濯女の代わりに家に存在していて、その他に販売目的で縫い物をし、床磨きの仕事もしており、それでいて収入のすべてを姉に渡していること。どんな注文、どんな仕事も姉の許可なくしては引き受ける勇気がないこと。老婆の方ではすでに遺言状を作成していて、そのことはリザヴェータ本人の知るところとなっており、その遺言状によれば彼女は動産の椅子などを除きびた一文手に入らず、金はと言えばすべてH県にある某修道院に永代供養のために割り当てられている、ということ。リザヴェータは町人であって、役人に嫁いだりしていない未婚の娘で、器量は凄まじく悪く、身長は目立つほど高く、長いまるで捻じ曲げられたような大足で、常に片減りした山羊皮の靴を履いていて、自身は身ぎれいを保っている、ということ。学生が驚き笑っていた肝心なこと、つまりリザヴェータがしょっちゅう妊娠している、ということ・・・。

 「でもお前に言わせれば出来損ないなんだろ?」と将校が指摘した。

 「まあね、肌の黒いことといったら着替えさせられた兵士ってとこだね。でもだよ、出来損ないなんかじゃぜんぜんないぜ。そりゃもう優しそうな顔と目をしているんだ。いや実にね。証拠は多くの人に好かれているってことだね。そりゃもうおっとりしていて、おとなしくて、口答えができなくて、はいはいって同意するだろ、どんなことにでも同意しちゃうんだからな。笑顔はとびっきりの美人だと言ってもいいね。」

 「お前のお気に入りでもあるんだろ?」将校は笑い出した。

 「変わっているが故にね。ねえ、僕は君にこう言っておくよ。このいまいましい老婆を殺してすっかり奪ってやれたらなって。良心にどんな恥ずべき点もないことは請け合うよ。」と熱烈に学生は言い足した。

 将校は再び大声で笑い出した。ラスコーリニコフはビクッとした。なんて妙なことだろう!

 「いいかい、君に真面目な質問をしたいんだけれども」学生は熱くなった。「僕が今言ったのはもちろん冗談さ。でも考えてもみてくれ。一方において愚かな、無意味で、取るに足らない、ずる賢い、病んだばばあがいて、誰にも必要とされていないばかりか全員にとって有害だ。そいつ自身は何のために生きているのかを知らず、また明日にでも勝手にくたばってしまうかもしれない。分かるかい?分かるかい?」

 「まあ、分かるよ。」と答えた将校は興奮した友人を注意深く見つめている。

 「でね、その先だよ。他方においては若い新鮮な力が、助力がないために無駄に失われていく力が存在していて、それはものすごい数で至る所に存在しているんだ!百、千という良い行い、取り組みが老婆の金によって準備され整えられるのに、その金は修道院行きが運命付けられているんだ!もしかしたら、何百、何千という生活がまともなものになり、数多の家族が赤貧、堕落、破滅、淫蕩、性病の病院から救い出されるかもしれない、――こうしたことがみんなあいつの金でだぜ。あいつを殺してその金を奪うとしよう。その金の助けを借りて、後に全人類と公共の事業に仕える道に己をささげるために。君はどう思う、一つのちっぽけな罪は何千の善行によって償われはしないかい?一人の命で――何千という生活が腐敗や堕落から救われる。一つの死を百の命と引き換えに――これは算数じゃないか!それにこの肺病やみの、愚かな、意地悪ばばあの命を一般の秤の上に置いたらどうなる?せいぜいしらみやゴキブリの命ってとこさ、いやそれにすら値しない。なぜなら、ばばあは有害だからだ。あいつは他人の人生を食い物にしているんだ。あいつついこないだリザヴェータの指をかっとなって噛んじまってさ、危うく噛み千切られるところだったんだぜ!」

 「言うまでもないね、彼女に生きる価値はない。」と将校は認めた。「でもそこは人の本性があるだろ。」

 「おお兄さん、だって本性は修正され、調整されていくじゃないか。だいたいそうじゃなければ偏見の海に沈んでしまうことになるよ。そうじゃなかったらたった一人の偉大な人物も存在しないことになるだろうね。人は言う“義務だ、良心だ”って――僕は義務や良心に反対する気はさらさらない――でも僕らはそれをどう理解しているだろう?待ってくれ、僕は君にもう一つ質問しよう。聞き給え!」

 「いや、君こそ待て。僕が君に質問する。聞き給え!」

 「どうぞ!」

 「さあ君は今くっちゃべり、雄弁をふるっているわけだが、まあ一つ僕に教えてくれ。老婆を殺すのは君自身なのかいそれとも違うのかい?」

 「勿論違うよ!僕は正義のために・・・ここで僕は関係ないんだ・・・」

 「でも僕に言わせてもらえば、君自身にその気がないんじゃ、ここで正義もへったくれもないだろ!もう一ゲームやりに行こう!」