「罪と罰」48(2−1)

 彼は自分の内のありとあらゆるところで凄まじい混乱を感じていた。彼自身自らを制御できなくなるのではないかと恐れた。何かしらにすがりつこう、何かについてとにかく考えよう、全然関係ないことについて、そう努めたが、それは全くの徒労に終わった。とはいえ文書係りは強く彼の興味を引いた。その顔付きから何かしらを見抜き、人物を把握したいとずっと感じていたのだ。それは非常に若い男で、年は22歳くらい、浅黒くて表情に富んだ顔をしており、実年齢より老けて見えた。流行の服装をした気取り屋で、髪の分け目は後頭部にあり、なでつけられてポマードがこってり塗られていた。ブラシできれいにされた白い指には多くの宝石や指輪がはめられており、チョッキの上には金の鎖が見えていた。そこにいた一人の外国人と彼はフランス語で二言三言会話までし、しかも十分満足のいく話しぶりであった。

 「ルイーザ・イヴァーノヴナ、お座りになったらどうです」彼はさりげなく着飾った赤紫色の婦人に声をかけた。彼女はずっと立ちっぱなしでおり、あたかも自ら座る勇気はないかのようであった。椅子はすぐ近くにあったにもかかわらず、である。

 「ダンケ」彼女はそう言うと、静かに絹ずれの音を立てながら椅子に腰を下ろした。白いレース飾りの付いた彼女の水色のワンピースは、まるで風船のように椅子の周りに広がり、ほとんど部屋の半分を占めてしまった。香水の香りが漂ってきた。だが婦人はどうやら部屋の半分を占領してしまっていること、自分のところからこれほどまでに香水の香りが漂ってしまっていることに臆しているようであった。もっとも笑みを、怖気づいていながらも厚かましく浮かべてはいたが。しかしそこにはむき出しの不安が伴っていた。

 喪に服している婦人がようやく終えて立ち上がろうとした。すると突然、何か音を立てながら、非常に勇ましくまた何かこう独特な仕方で一歩ごとに肩を回しながら将校が入ってきた。彼は帽章の付いた平帽をテーブルの上に放り投げると、肘掛け椅子に腰を下ろした。きらびやかに着飾った婦人は結局座った所から跳ねるように立ちあがった。遠くから彼を認めたためだ。そしてある種特別な喜びをもってフランス式の挨拶に取り掛かったのだが、将校は彼女にほんの少しの注意も払わなかった。しかし彼女はもう彼のいるところでこれ以上座る勇気はなかった。その男は陸軍中尉にして区警察署長の助手で、両側に水平に突き出た人参色のひげを持ち、顔の造作は極端に小さく、特徴的なところが何も、もっともある図々しさを除いてではあるが、表れ出ていないのだった。彼はいくらか怒りを覚えつつ横目でラスコーリニコフの方を見た。それはもうあまりにも彼の身に付けていた服装が汚らしいためであり、また完全に蔑視の対象なのにも関わらず、今もって服装にそぐわぬ態度を見せていたためであった。ラスコーリニコフがうかつにもあまりにもまともに長いこと彼の方を見ていたので、その男はカチンと来てしまった。

 「何のようだ?」と怒鳴った彼は驚いているようだった。こんなぼろを着た男が自分の雷のような視線に合っても全く動じていないことに。

 「呼び出されたんです・・・呼出し状で・・・」どうにかこうにかラスコーリニコフが答えた。

 「その方はお金の徴収の件です、学生さんです」慌て始めた文書係りが書類から目を逸らしつつ言った。「こちらでございます!」すると彼は関係する箇所を指し示してラスコーリニコフにノートを投げ渡した。「読んでください!」

 “金?何の金だ?――ラスコーリニコフは考えた――だが・・・ということは、ほぼ間違いなくあの事ではない!”すると彼は歓喜でぶるっとなった。彼は突然ひどく、言うに言われぬほど気が楽になった。肩の荷がすべて下りたのだ。

 「ところで何時にあなたは出頭するように書いてありますかな、閣下?」中尉が声を荒げた。なぜだが分からないけれども一層侮辱されたように感じつつ。「9時にと書いてある、なのに今はもう11時過ぎじゃないですか!」

 「私のところに届けられたのがつい15分前だったんですよ。」大声で肩越しに返答したラスコーリニコフもまた突然、自分でも予期せぬ怒りの感情に囚われており、しかもそのことにある種の満足を見出してさえいるのだった。「しかも私は熱病にかかっている病人の身でやってきたのだから十分でしょう。」

 「怒鳴らないで頂きたい!」

 「私は怒鳴っていません。むしろ非常に平静に話をしております。あなたの方でしょう、私に怒声を上げているのは。私は学生です、私に向かって怒鳴るなど許しませんよ。」

 助手はあまりにもカッとなったので、最初の瞬間言葉を発することすらできず、しぶきのようなものが口から飛んだだけであった。彼は席からばっと立ちあがった。

 「だ、だ、黙っていただきたい!あなたは役所にいるのですぞ。ぼ、ぼ、暴言はなりません、御仁!」

 「あなただって役所にいるんですよ」ラスコーリニコフが金切り声を上げた。「怒声を上げていることに加え、巻煙草を吸っている、つまり私たちみんなに対して礼儀を欠いていることになるんじゃないんですか。」こう言い放つと、ラスコーリニコフは言うに言われぬ愉悦を感じた。

 文書係りは笑みを浮かべて彼らの方を見ていた。激している中尉は当惑しているようであった。