「罪と罰」49(2−1)

 「それはあなたには関係ないことです、御仁!」彼は仕舞いにどこか不自然な程大きな声で叫んでいた。「さあそれじゃ求められているものを出してもらいましょうかね。彼に見せてやってくれ、アレクサンドル・グリゴーリエヴィチ。訴えがきているんですよ、あなたに対する!金が未払いだとか!なんと追い出されたんですか、勇敢な美青年が!」

 だがラスコーリニコフは最早聞いていなかった。むさぼるように文書を引っ掴むと、できるだけ早く謎の答えを探し求めた。読み通すこと1回、さらに1回、それでも理解できなかった。

 「これは一体何です?」彼は文書係りに尋ねた。

 「それは借用証書に基づいてあなたにお金を請求しているんです。強制徴収ですね。全ての費用、延滞利子等を含めて返済するか、いつ返済できるか書面で発行して、かつ返済するまで首都から出ないこと、自分の財産を売ったり隠したりしないことを誓約しなければなりません。一方債権者はあなたの財産を自由に売却できるし、あなたに対し法をもって臨むこともできるのです。」

 「しかし私は・・・誰にも借金なんかありませんよ!」

 「それはもう我々には関わりないことでして。ですが我々のところにはこうして届いているんです、強制徴収を求める、期限を過ぎて法的には拒絶されたこととなった額面115ルーブルの借用証書が。あなたによって未亡人の8等文官ザルニーツィナに振り出されたものですよ。遡ること9ヶ月前に。未亡人のザルニーツィナの元から弁済として7等文官チェバローフの手に渡っていますね。ですから我々はあなたに対応していただけたらな、と思っているわけなんです。」

 「ですがその人は私の大家じゃないですか?」

 「まあそれはそれでよしとしまして、大家であることがどうかしたんですか?」

 書記係りは同情を示す寛大な笑みを浮かべて彼の方を見ていた。しかしそこにはある種の優越感も現れており、たった今集中砲火を浴びせかけられんとする新参者を見るかのように見ていたのだった。それは「君は今どう感じてる」と語りかけているようであった。だがこの今となって彼にとって借用証書だとか、強制徴収だとかが一体全体何だというのだろう?こんなことが今、何かしらの不安、それに対する何かしらの配慮にすら値しただろうか!彼は立ったまま読んで、聞いて、答え、自ら質問しさえした。だがそれらはみな機械的になされたことであった。自己保身の大勝利、迫り来る危機からの生還――まさにこれらのことがこの瞬間彼の全存在を満たしており、そこに予見、分析、将来に対する見通し、疑心、疑問はなかった。それは純粋に生き物としての直接的な喜びで満たされた瞬間であった。だがまさにその時役所の中で雷のようなものが落ちた。非礼により依然としてすっかりショックを受けたままでいる中尉は真っ赤になり、傷ついた自尊心を保とうという見え透いた意図をもって、落とせるだけの雷を不幸な“恰幅のいい婦人”に落とした。彼女は彼が入ってきたその瞬間からこれ以上愚かそうには見せられないという笑みを浮かべて彼の方を見ていた。

 「それにしてもお前はなんて馬鹿なんだ、全く」突然彼はあらん限りの声で怒鳴った。(喪に服している婦人は既に退出していた)「お前のところでこの前の晩何があった?え?また不名誉沙汰、通り中を巻き込んだ乱痴気騒ぎじゃないか。また喧嘩に酒か。監獄に入りたいのか!俺はお前にすでに言ったはずだぞ、お前にもう何度も警告してるぞ、この次は許さないって!なのにお前はまた、またやって、なんて馬鹿なんだ、全く!」

 書類さえもがその手からこぼれ落ちたというのに、ラスコーリニコフは野生動物のように恰幅のいい婦人の方を見ていた。これでもかというほど無遠慮に叱り飛ばされている婦人を。だが間もなく何が起きているのか分かるようになると、すぐこの騒ぎ全体が彼にとって非常に好ましいものにさえ思えてきた。彼は満足して耳を傾けていると、笑いたくて笑いたくてしょうがなくなっていた・・・。彼の全神経は跳ね回り収拾がつかなかった。

イリヤ・ペトローヴィチ」文書係りが気遣ってなだめようとしたが、思い止まって時が過ぎるのを待つことにした。というのは、いきり立った中尉を制止するには力づくでするしかないからであって、そのことを彼は個人的な経験から知っていたのである。恰幅のいい婦人について言うと、最初彼女は雷鳴と稲妻のために震え出す始末だった。だが奇妙なことが起きた。罵言が数え切れないほどになればなるほど、また激しくなればなるほど、彼女の表情は愛想よくなっていき、雷中尉に向けられるその笑顔は一層魅惑的になっていったのだ。彼女はその場で小刻みに歩き、ひっきりなしに膝を曲げるお辞儀をして、しまいに自分にも言葉を差し挟むチャンスが来るのをもどかしい思いで待ち、そして待ちおおせた。