「罪と罰」43(1−7)

 そしてようやく、すでに来訪者が4階へと上り始めた時、ちょうどそのタイミングでやっと彼の総身は突如として動き出したのだが、それでもさっと機敏に玄関口から部屋の中に戻り、後ろ手でドアを静かに閉めることができた。それからかんぬきを掴むと静かに、音がしないようそれを掛け金にはめた。本能が助けたのだ。すべてをなし終えると、彼は息を潜めちょうどドアすぐのところに身を隠した。招かれざる客もすでにドアのところに来ていた。彼らは今や相向かいで立っていた。先ほど彼と老婆がドアによって分け隔てられていた時のように。それで彼の方は耳をすましていた。

 訪問者は何度か重い息を吐いて呼吸を落ち着かせた。“太っているでかぶつに違いない”そんなことを考えたラスコーリニコフの手の中では斧が握り締められていた。いかにもすべてこれらのことはまるで夢の中でのことのようであった。訪問者は呼び鈴を掴むと強く鳴らした。

 呼び鈴のブリキの音が響くやいなや、彼は突然まるで部屋の中で何かがピクリと動き出したかのような気がした。数秒間彼は本気で耳を澄ましさえした。見知らぬ男はもう一度鳴らして再びしばらく待った。そして突然我慢できなくなったのか全力でドアの取っ手を引き始めた。身も凍るような思いでラスコーリニコフはかんぬきのフックが掛け金の中で飛び跳ねるのを見つめていた。そしてぼんやりとした恐怖心を抱きつつかんぬきがもう間もなく外れるのを予期した。実際それは起こり得ることのように思われた。あんなに強く引っ張られていたのだから。彼は手でかんぬきを抑えようとしかけた。だが奴が気付いてしまうかもしれない。彼の頭はまたぐるぐる回り出したかのようになった。“倒れる!”――一瞬彼の頭の中を過ったが、見知らぬ男がしゃべり出したので、彼はすぐ正気に返った。

 「一体奴らそっちで何を、居眠り漕いてるか、絞め殺しちまったのか誰かが?しゃしゃくに障る奴らだぜ!」樽の底から響いてくるような低い声で彼は吠え出した。「おい、アリョーナ・イヴァーノヴナ、老いぼればばあ!リザヴェータ・イヴァーノヴナ、えもいわれぬ美しさよ!開けてくれ!ちきしょう、しゃくに障る奴らめ、眠ってるとでもいうのか?」

 そして再び猛り狂いながら、彼は10回ほど連続して力いっぱい呼び鈴を引っ張った。改めて言うまでもないが、この男が家庭において権威的で命令的なのは間違いない。

 まさにその瞬間突然、小刻みなせわしい足音が近くの階段上から聞こえてきた。さらに誰かがやってきたのだ。それでラスコーリニコフは始めからはっきり聞き取ることができなかった。

 「誰もいないなんてことあるんですか?」よく響く陽気な大声でしゃべり出したのは近寄ってきた男で、最初の訪問者に対し率直に話しかけていた。彼は依然として呼び鈴を引っ張り続けていた。「こんにちは、コーフ!」

 “声から判断するに、かなり若いに違いない”そんな考えがラスコーリニコフの脳裏を突然過った。

 「全く奴らのことなんて分かりやしねえ、鍵を危うくぶっ壊しちまうところだったぜ」とコーフが答えた。 「ところでお前さんどうやって俺のことを知りなさった?」

 「これは、これは!つい一昨日“ガンブリヌース”で3ゲーム立て続けにビリヤードの勝負であなたに勝ったじゃないですか!」
 
 「あー・・・」

 「そんならいないってことですか奴らは?変だな。馬鹿なことしたな、何にせよ、最低だ。あんな婆さんがどこに出掛けるっていうんだろ?こっちには用事があるっていうのに。」

 「そうよ俺だって、あんちゃん、用事があるんだぜ!」

 「さて一体どうしようか?引き返すってことになるのか。ちぇっ!金が手に入ると思ったのに!」若者は声を荒げた。

 「もちろんだとも、引返すさ、だが何のために指定したんだ?あいつ自身が俺に、ばばあが時間を指定したんだぜ。俺は回り道までしたんだからな。それに一体全体奴はどこをほっつき歩かなきゃならないっていうんだ、理解できん。一年中家の中に閉じこもっているばばあだぜ、何もしないでふさぎ込んでいて、足は痛いときてる。それがこの今になって突然散歩だって!」

 「庭番に尋ねなくていいですか?」

 「何を?」

 「どこへ出かけて、いつ戻ってくるか。」

 「ふむ・・・くそったれ・・・尋ねる・・・奴はどこにも出かけっこないんだ・・・」そして彼はまた鍵の取っ手を引っ張った。「くそ、どうにもならん、行こう!」

 「待ってください!」突然若者が叫び出した。「見てください。分かりますか、ドアがずれているのが、引っ張ると?」

 「それで?」

 「つまり、それには鍵じゃなくて、かんぬきが、フックがかけられているということになるじゃないですか!聞こえるでしょ、かんぬきがかちゃかちゃいってるのが?」

 「それで?」

 「本当に分からないんですか?つまり、彼らのうちの誰かしらが家の中にいるんですよ。もしも全員出払っているとしたら、その場合には外側から鍵を使って戸締りしているはずであって、内側からかんぬきでではない。それで今の場合ですが、――ほら、かんぬきがかちゃかちゃいってるでしょ?内側からかんぬきをかけるためには、家にいなければならない、分かりますか?ということは、家の中に閉じこもっているんですよ、そして鍵を開けようとしていないんです!」

 「あっ!ようやく分かったぞ!」驚きの声を上げたコーフが叫び出した。「なら奴らはそこで一体何を!」すると彼は乱暴にドアを引っ張り出した。

 「待ってください!」再び若者が声を張り上げてしゃべり出した。「引っ張らないでください!・・・これは何か確かにおかしいですよ・・・あなたはだって呼び鈴をならして、引っ張って――開けようとしない。ということは、彼ら二人とも気を失っているか、あるいは・・・」

 「何だ?」

 「とにかく、庭番を呼びに行こうじゃありませんか。彼に連中を起こさせましょう。」

 「それがいい!」二人は階段に足をかけた。

 「待ってください!残ってくれませんかあなたはここに。私が駆け下りて庭番を呼んできます。」

 「何のために残るんだ?」

 「そんなことどうだっていいじゃないですか?・・」

 「まあ・・・」

 「私は予審判事になるための勉強をしているんですよ!この場合明らかに、あ・き・ら・かに何かがおかしいですよ!」激して声を張ると若者は階段を駆け下りて行った。

 コーフは残り、再び呼び鈴をそーっと軽く鳴らすと、それはガチャンと一回音を立てた。それから音を立てぬよう、あたかもあれこれ考えながら観察するかのようにして、ドアの取っ手を動かし始めた。引っ張ったり放したりして、それがかんぬきだけで閉まっているのをもう一度確認しているのであった。その後ふーふー言いながら身をかがめると、鍵穴をのぞき始めた。しかしそこには内側から鍵が突き出ていたので、何も見えるはずはなかった。

 ラスコーリニコフは立ったまま斧を握り締めていた。彼はまるで熱病に浮かされているような状態であった。彼は彼らと殴り合いさえする気でいたのだ。もしも入ってきた場合には。ドアをドンドンやりあーだこーだ話をしていた時、何度か彼の頭には、一時にすべてにけりをつけよう、ドア越しに彼らに向かって叫ぼう、という考えが突然浮かぶこともあった。時には罵り合いを始めたくなって、彼らをけしかけたくなった。ドアが開放される前にだ。“とにかく早くしてくれ”――彼の脳裏を過った。

 「ったくあいつは、ちきしょう・・・」

 時間が過ぎて行った。1分、さらに1分――誰も来ない。コーフはもじもじし出した。

 「ったくちきしょうが!・・・」突然怒鳴った彼はこらえきれなくなって自分の持ち場を放棄し、同じく下り始めた。駆け足で階段をブーツで踏み鳴らしながら。足音が止んだ。

 「あー、一体どうしたらいいんだ!」

 ラスコーリニコフはかんぬきを外すとドアを少し開けた――何も聞こえない、と突然最早全く考えることなく外に出ると、できるだけしっかり後ろ手でドアを閉め下りて行った。