「罪と罰」45(2−1)

 そのようにして彼は非常に長い間横になっていた。時折彼は覚醒したかのようになることもあって、その瞬間にはもう大分前から夜であったことを意識するのだが、起きなければという考えには至らなかった。ついに彼はすでに昼のように明るくなっていることを認識した。彼はソファの上に仰向けで横になっており、先ほどの朦朧状態が尾を引きまだ身動きがとれずにいた。彼の耳元に急に、恐ろしい絶望したような叫び声が通りから届いた。もっともそれは彼が毎晩自宅の窓の下で2時過ぎに耳にしていたものではあったが。まさにそれが彼を今回覚醒させることになった。“あっ!もう居酒屋から酔っ払いが出て来ている――と彼は思った――2時過ぎだ――そして突然飛び起きた。あたかも誰かが彼をソファから引き離したような具合であった。――なんてことだ!もう2時過ぎだ!”彼はソファの上に腰を下ろした。――そしてその時すべてを思い出した!突然、一瞬にしてすべてを思い出したのだ!

 最初の瞬間彼は気が狂ってしまうと思った。恐ろしい寒気が彼を襲った。もっとも寒気は熱病にも原因があって、それはもう大分前、眠っている間に彼の身に生じていたものだったが。今回突然襲った悪寒はあまりにも強かったので、歯は危うく飛び出そうになり、全身は震え出す始末だった。彼はドアを開けると聞き耳を立てた。建物内ではありとあらゆるものがすっかり寝入っていた。驚愕しつつ自分自身と部屋の中にある周囲のものすべてを見回した彼は理解に苦しんだ。どうしてこんなまねが昨日はできたのだろう。入るなりドアに鍵もかけずソファの上に身を投げ出し、しかも服を脱がないばかりか、帽子すら被ったままで。ちなみにそれは転げ落ちてすぐそこの床の上、枕の脇に横たわっていた。“もしも誰かが訪ねてきたら、何を思っただろう?俺が酔っ払っていると、だが・・・”彼は小窓の方に駆け寄った。十分明るかったので彼はできるだけ早く自分自身を見回し始めた。すべて、足の先から頭のてっぺんまで、自分の服全体を。証拠は残っていないだろうかというわけだ。だがそれは叶わなかった。悪寒のためにガタガタ震えていたので、彼は全部脱ぎ再び隅から隅までよく見始めた。彼はすべてを、一本一本の糸や裁ち屑までいじくり回したが、自分を信用していなかったので3回ほど点検を繰り返した。だがどんな証拠も一切存在していないようであった。ただズボンの裾を切り縮めてほころびとなってぶら下がっている部分、その裾のほころびのところに固まった血の跡が色濃く残っていた。彼は折り畳み式の大きなナイフを手に取ると裾のほころびを切り落とした。それ以上は何もないようであった。突然彼は思い出した。財布と品々が、老婆のとこの長持ちから持ち出したそれらすべてが今に至るまであちこちのポケットの中に入っていることを!彼はこの時までそれらを取り出して隠そうなどと夢にも思っていなかったのだ!それらのことを今に至るまで思い出していなかったのだ、服を点検しているというのに!これはいったいどうしたことだろう?直ちに彼はそれらを取り出してテーブルの上に放り投げることに取り掛かった。全て取り出し、ポケットを裏返しさえしてまだ何か残ってないか確認すると、彼はこの堆積物の山をそっくり部屋の隅に移動させた。その隅も隅の下の方に、一箇所壁紙が剥がれて破れている部分があった。すぐさま彼は全部をこの穴の中、壁紙の下に押し込み始めた。“入った!みな消え去った、財布も!”嬉ばしく思った彼はちょっと腰を浮かして、ぼんやりと隅を、さらに大きく広がった穴を見ていた。突然彼は恐怖のために全身がビクッとなった。“なんてことだ――絶望して彼はつぶやいた――俺はどうしてしまったんだ?これで隠れただと?こんなんで隠されているだと?”

 確かに彼は品々のことを計算に入れていなかった。彼はただ金だけがあると考えていたので、前もって場所の準備をしていなかった。――“だがこの今、今になって俺は何を喜んでいるんだ?――彼は思った。――まさかあんなんで隠されているとでも?本当に理性が失われてきている!”疲労困憊の彼はソファに腰かけた。すると直ちに耐え難い悪寒が再び彼を震えさせ始めた。機械的に彼は近くに、椅子の上にかけてあった以前学生だった時使用していた冬外套、温かいがもうほとんどボロと言ってもいい、を引き寄せるとそれに身をくるんだ。すると夢にうわ言が再び一遍に彼を襲った。彼は意識を失った。
 
 時間にして5分と経たないうちに再び飛び起きた彼は、もうすぐ無我夢中で再度自分の服のところに飛んで行った。“また眠りこけるなんてまねがよくできるな、まだ何も片付いていないじゃないか!本当にそうだ、全くその通りだ。脇の下の輪をまだ取ってない!忘れていた、そんなことまで忘れるとは!立派な証拠だぞ!”彼は輪をもぎ取るとなるべく早くばらばらにし始めた。それらは枕の下の下着の中に押し込んでいった。“ばらばらになった麻布が疑いの種になることなんて絶対ない。そうさ、きっとそうさ!”そう繰り返すと部屋の真ん中に立っていた彼は、痛いほど張り詰められた注意力をもって再び辺りを、床の上それからありとあらゆるところをよく観察し始めた。まだ何か忘れていないだろうかと思って。すべてが、記憶それに単純な分別までもが失われつつあるという確信が彼に耐え難い苦しみを与え始めた。“どうしたことだ、まさかもう始まっているのか、まさかこれはもう罰が下り始めているのか?ほら、あれだ、やっぱりそうなんだ!”実際ほころびの切れ端が、彼がズボンから切り離したそれがそのまま床の上、部屋の真ん中に雑然と散らばっていた。最初に訪れた人に発見されるように!“いったい俺はどうしちまったんだ!”再び大声をあげた彼は自失しているようであった。

 この時妙な考えが彼の頭に浮かんだ。もしかすると、服も血まみれかもしれない、もしかすると斑点が沢山ついているかもしれない、彼がただそれらを見ていない、気付いていないというだけのことで、なぜなら彼の判断力は弱り、役に立たなくなっているのだから・・・理性の光は曇っている・・・突然彼は思いだした。財布にも血が付いていたことを。“あっ!ということは、つまりポケットの中にも血が付いているはずだ、なぜってまだ濡れたままの財布をあの時ポケットの中に突っ込んだんだから!”瞬時に彼はポケットをひっくり返した。すると案の定ポケットの裏地に痕跡が、斑点があるではないか!“ということはまだ完全に理性が失われたわけではないってことだ、つまり判断力と記憶力はちゃんとあるってことだ、自分でぱっと思い出して気付いたんだから!――そう考えた彼は勝利の喜びで満たされており、深い、喜びの溜息が胸の奥から絞り出された。――熱病で弱っているだけのことさ、一時の戯言さ”――そして彼はズボンの左側のポケットから裏地を全てもぎ取った。その瞬間太陽の光が彼の左足のブーツを照らした。靴下上に、ブーツの中からのぞいている部分にあたかも証しが現れ出たかのようになった。彼はブーツを脱ぎ捨てた。“まさしく証しだ!靴下の先全体が血に浸かったんだ”つまり彼はあの血だまりに不注意にもあの時足を踏み入れていたのだ・・・“だが今これを一体どうしたらいい?この靴下を、くず切れを、ポケットをどこへ片付けたらいい?”

 彼はこれら全てを片手で掴み、部屋の中央に立っていた。“暖炉に捨てる?だが暖炉が最初に引っ掻き回される。燃やしてしまうのは?だが一体どうやって?マッチすらないんだぞ。だめだ、どこか外に行ってみんな投げ捨ててしまう方がいい。そうだ!投げ捨てる方がいい!――そう繰り返しつつ彼は再びソファに腰を下ろした。――それに今すぐにだ、この瞬間にだ、ぐずぐずしてはいられない!・・”だがそうする代わりに彼の頭は再び枕の上にもたれかかった。再び耐え難い悪寒が彼を凍りつかせてしまったのだ。再び彼は自分の上に外套を引っ張ってかけた。それから長いこと、数時間に渡って彼には幻聴が突発的に聞こえていた。“ほら今すぐやらないと、ぐずぐずしてないで、どこかに行ってみんな捨てないと、これ以上目にしないで済むように、なるべく早く、なるべく早く!”彼は何度かソファからばっと身を起こして立ち上がろうとしたが最早手遅れだった。最終的に彼を目覚めさせたのはドアを強く叩く音であった。