「罪と罰」46(2−1)

 「開けなさいって言ってるでしょ、生きてるの、死んでるの?ほんといっつも寝てばっかりいるんだから!」そう叫びつつナスターシャは握りこぶしでドアをドンドン叩いていた。「ほんと一日中畜生みたいに寝てばっかり!本当に畜生だわ!開けなさい、どうなの。10時過ぎてるよ。」

 「じゃもしかすっと、うちにはいないんだろ!」そう言ったのは男の声だった。

 “おや!これは庭番の声だ・・・彼が何の用だ?”

 彼はさっと身を起こすとソファの上で座る姿勢を取った。心臓があまりにも激しく打っていたので、痛みを感じてくるほどであった。

 「それじゃ鍵かけて一体誰が閉じこもっているっていうの?」ナスターシャは反論した。「まさか引きこもり始めたってこと!自分がさらわれるとでも?開けなさい、頭でっかち、起きろ!」

 “連中何の用だろう?何のために庭番が?みな知れ渡っているんだ。抵抗すべきか、それとも開けるべきか?どうとでもなれ・・・”

 彼は少し腰を浮かして前傾姿勢を取ると鍵を外した。

 彼の部屋全体はとても小さかったので寝床から立ち上がらずとも鍵を外すことができるのだった。

 案の定立っていたのは庭番とナスターシャであった。

 ナスターシャは何やら妙な目つきで彼を見回した。彼は挑むようなそれでいて絶望しているような様子で庭番の方をちらっと見た。男は黙って彼に灰色の二つ折りにされた文書を差し出した。それは瓶用の封蝋で封緘されていた。

 「呼出し状、役所からの」そう言いつつ彼は文書を渡した。

 「どこの役所から?・・」

 「警察に呼ばれてるってことだろ、役所ってことは。分かるだろ、どこの役所かなんて。」

 「警察に!・・何のために?・・」

 「俺が知るはずない。求められているんだ、行けよ。」庭番は注意深く彼の方を見た。そして辺りを見回すと、立ち去ろうとして踵を返した。

 「何か本当に病気がひどくなったみたいじゃない?」とナスターシャが言った。目は彼に据えられたままであった。庭番も一瞬顔を向けた。「きのうから熱があったのよ」と彼女は言い足した。

 彼は返答せず両手で文書を持ち、開封しようともしていなかった。

 「もういいから立たないで」とナスターシャは続けて発言した。彼がソファから足を下ろすのを見て哀れを催したのだ。「病気なら歩いちゃだめ。慌てることないわ。何あんた手に持ってんの?」

 彼がちらっと見ると、その右手には切り離されたほころび、靴下、それにもぎ取られたポケットのぼろが収まっていた。そのまま手に持って眠っていたのだ。もう後になって、このことについてあれこれ考えた時、彼が思い出したのは、熱のある中半分目覚めている状態だったのに、それらすべてを固く握りしめていると、そのまま再び眠りに落ちたということであった。

 「ちょっとぼろ切れみたいなもん集めてそれ持って眠ってるって、まるでお宝みたいに大事にして・・・」するとナスターシャは独特なヒステリックな笑いを爆発させた。その瞬間彼は全てを外套の下に突っ込むとじっと彼女を見据えた。彼はその時十分抜かりなく判断できる状態にあったとはとても言えないが、感じてはいた。人とこんなふうに話したりはしないだろう、そいつを捕まえに来たのなら、と。“だが・・・警察というのは?”

 「お茶飲んだら?いる?持って来てあげる、残ってたのが・・・」

 「いい・・・出かけるよ。すぐ出かけるんだ」小声で言った彼は立ち上がりつつあった。

 「階段だって降りられないんじゃないの?」

 「出かけるよ・・・」

 「お好きに」

 彼女は庭番の後に続いて出て行った。すぐ様彼は明るい方に飛んで行き靴下とほころびをよく見た。“しみはあるが目立つというほどじゃない。全体的に汚れていてぼろぼろだ。それにもう色あせている。前もって知らなければ何も見分けられはしまい。つまりナスターシャは遠くから何一つ気付くことはできなかったということだ。有り難い!”その後胸をどきどきさせながら彼は呼出し状を開封し読み始めた。長いこと読み彼はようやく理解した。それはありふれた警察からの呼出し状で、今日の9時半に地区警察に出頭せよというものだった。

 “こんなこと一体いつあった?俺自身には警察に関わらなければならない事なんて一切ないぞ!それになぜよりによって今日なのだ?――苦々しい当惑を胸に抱えながら彼は思った――神よ、もう早く終わりにしてくれ!”彼はさっと膝をついて祈ろうとすると、自分のことながらげらげら笑い出した――祈るという行為に対してではなく、自分自身に対して。彼は急いで服を着始めた。“破滅なら破滅するまでさ、どうとでもなれ!靴下を履かなければ!――突如彼は思い付いた――もっとほこりまみれになれば、証拠が消えるな。”だが彼はそれを履くが早いか強い不快感と恐怖を感じすぐに脱いでしまった。脱ぐとしかし別の靴下はないということに気付き、手に取って再び履いた――するとまたげらげら笑い出した。“こんなことはみな仮のことだ、みんな相対的なことなんだ、こんなことはみな単に形だけのことさ――彼の脳裏を過ったのは思想の一端に過ぎなかった。だが自分自身はというと全身を震わせていた。――たしかにほら履いたぞ!たしかに完結させたぞ、履いたことで!”笑いはしかしすぐに絶望に取って代わられた。“だめだ、手に負えるもんじゃない・・・”――そんな考えが彼の頭に浮かんだ。足は震えていた。“恐怖のせいだ”――そう彼は小声で独り言ちた。頭はぐるぐるし熱のせいで痛んた。“これは策略だ!奴ら策を弄して俺をおびき出して、突然足をかっさらうつもりなんだ――彼は独り言を続けながら階段に出た――忌まわしいのは俺がほとんど熱に浮かされてるってことだ・・・何か馬鹿げたことを言いかねない・・・”