「罪と罰」40(1−6)

 一息つきどきどきしている心臓に片手を当て、すぐ斧を探し当てると再度位置を修正し、彼は慎重にそうっと階段を上り始めた。聞き耳は絶えず立てていた。だが階段もその時全くの無人であった。全てのドアは閉じられ、誰とも出くわすことはなかった。二階の一戸の空き部屋は確かにドアが開け放たれていて、その中でペンキ屋が働いていたのだが、彼らは結局視線を向けなかった。彼は立ち止まり、考え、先に進んだ。“もちろんよりいいさ、連中がここに全くいないのなら、だが・・・連中の上にはまだ二階層ある”。

 だがほら4階だ、ほらドアだ、ほら向かいの住戸だ。そこは無人であった。3階の住戸はどう見ても、老婆の真下にあるそれはやはり無人だった。ちっぽけな釘でドアに打ち付けられていた名刺が外されている――引っ越したのだ!・・。彼は息がつまりそうだった。一瞬彼の脳裏を考えが過った“帰らないのか?”だが彼は自答することなく老婆の住戸に聞き耳を立て始めた。死のような静けさだ。それからもう一度階段の下の方に聞き耳を立て、長いこと注意深く耳を傾けていた・・・。そして最後に辺りを見回すと、姿勢を正し、身なりを整え再度輪に収まっている斧を直そうとした。“俺は青い顔をしているんじゃないか・・・ひどく?――ひとりでに考えが浮かんだ――いつになく動揺していないか?奴は疑い深いからな・・・もっと待ったほうがいいんじゃないだろうか・・・心臓が落ち着くまで?・・”

 だがどきどきは止まらなかった。それどころか意図したかのように、心臓は強く、強く、強く鼓動した・・・。彼は耐え切れなくなり、ゆっくりと手を呼び鈴の方に伸ばし、鳴らした。30秒後再び鳴らした。もっと大きな音で。

 応答がない。無駄に呼び鈴を鳴らすべきではないし、そんな真似は彼に似つかわしくもない。老婆が家にいるのは間違いない、だが奴は怪しんでいる、そして一人なのだ。彼は彼女のくせを幾らか知っていた・・・そこでもう一度しっかり耳をドアに押し当てた。彼の感覚が非常に鋭敏になっていたのか(そうしたことは一般的に考え難い)、あるいは実際に聞こえたのか、とにかく突然彼は、錠の取手に手が用心深く触れるかのような音そしてまさにそのドアに衣服がそよと触れるかのような音を聞き分けた。誰かがこっそりとその鍵のところに立っている、そしてちょうど彼がそこで外側から耳を澄ましているのと同じように、内側で息を潜めやはりドアに耳を押し当てているようなのだ・・・。

 彼はわざと体を少し動かし、何かやや大きな声でつぶやいた。隠れていることを決して悟られないようにするためである。その後3回目のベルを鳴らしたが、穏やかで、堂々としており、どんなあせりもなかった。このことを後に鮮明に、明確に思い出す時、彼はどこからそんなずる賢いことを思いついたのか理解することができなかった。思考力は失われてしまったかのようになり、他でもない自分の体がほとんど自分のものでないかのように感じられていただけになおさらであった・・・。一瞬の後閂の外される音が聞こえた。