「罪と罰」54(2−2)

 “だがすでに捜索が入っていたら?ちょうど家で彼らと鉢合わせすることになったら?”

 だがもう彼の部屋の前だ。何事もない。誰もいない。誰も立ち寄っていなかった。ナスターシャすら手を触れていなかった。だがこれは一体!どうして彼はさっきこれらすべての物をこんな穴の中に残しておくことができたのだろう?

 彼は隅に飛んで行くと壁紙の下に片手を突っ込んだ。そして物を引き出してはそれらでポケットを一杯にし始めた。全部で8個あることが分かった。二つの小箱、イヤリングかその類の物が入っている――彼はちゃんと見なかった。それから4つの小さなモロッコ革のケース。一本の鎖はただ新聞紙に包まれていた。他にも何か新聞紙の中にあったが勲章らしかった・・・。

 彼はその全部をいろいろなポケットの中に、コートやら残されていたズボンの右側のポケットの中にしまった。目立たないようにしつつ。財布も物と一緒に持った。それから部屋を出たのだが、今回は部屋をすっかり開けっ放しにすらしておいた。

 彼の歩みは速くしっかりとしていた。そして全身に疲労を感じていたが、意識は彼と共にあった。彼は追跡を恐れていた。30分後、いや15分後にはもう彼を追跡しろという指示が出るかもしれない、そのことを恐れていたのだ。それならば何が何でも時間までに犯跡をくらまさなければならない。処理しなければならない。まだせめていくらかの力が、せめて何かしらの判断力が残っているうちに・・・。一体どこに行けばいい?

 それはもう大分前に決まっていた。“全てをどぶに投げ捨てれば、闇から闇に葬り去られ、一件落着だ”。そのように彼が決めたのはまだ夜のうち、熱病に浮かされている時で、彼はその時のことを覚えているのだが、何度か起きて出かけようと躍起になっていた時であった。“早く、早くみんな捨ててしまわなければ”だが捨てるのは大変困難であることが判明した。

 彼はエカテリーナ運河通りをもうかれこれ30分、いやもしかするとそれ以上ほっつき歩き、何度か溝に下りる坂を、たまたま出くわしたそれを見た。だが企ての実現を考えることすら不可能であった。板作りの台がまさに坂のところに据え付けられていて、その上で洗濯女が下着を洗っていたり、あるいは船が係留されていたり、そこら中で人々がひしめき合っているのだ。それに加え岸の至る所、四方八方から見え、気付かれてしまう。ある人がわざわざ下りて、立ち止まり何かを水の中に投げるのを怪しいと思うだろう。そもそもケースが沈まずに、流れて行ったら?間違いなくそうなる。皆の知るところとなるだろう。それでなくともすでに皆きょろきょろしていて、目に飛び込んでくるものがあればじろじろ見ているのだから。あたかもそれだけが彼らにとって関わり合うべきことであるかのように。“なぜそんなふうに、あるいはもしかしたら俺にはそう見える、ということかもしれん。”そう彼は考えていた。

 ようやく彼は思い付いた。ネヴァ川のどこかに行った方がいいのでは?むこうなら人も少ないし、気付かれにくいし、とにかくより都合がいい。そして重要なことはこの場所から離れているということだ。すると彼は突然はっとなった。憂いと不安を抱えつつ丸々30分ほっつき歩き、しかも危険な場所を、それでいてこんなことをもっと前に思いつくことができなかったとは!丸々30分も馬鹿な事に費やしてしまったのは、そのようにすでに一旦夢の中で、熱病に浮かされているときに決定されてしまっていたためなのだ!彼は尋常でないくらい頭がぼーっとまた忘れっぽくなっており、そのことを自覚していた。何としても急ぐ必要があった!

 彼はB通りをネヴァ川の方に向かって歩き出した。だが道すがら突然また考えが浮かんだ。“何のためにネヴァ川に?何のために水の中に?どこかずっと遠く、また群島へだろうと出向いて、そこのどこか人気のない場所、森の中、茂みの下で――これら全てを埋め、木を目印にした方がいいんじゃないか?”彼はこの瞬間全てを明晰かつ良識的に判断できる状態にないと感じてはいたが、この考えに間違いはないように思われた。