「罪と罰」51(2−1)

 「また大音量、また雷、竜巻、嵐か!」愛想よく、親し気にニコヂーム・フォミーチがイリヤ・ペトローヴィチに話しかけた。「また心を乱されて、また沸騰しちゃったんだな!階段のところでもう聞こえていたぞ。」

 「それが何か!」品位を保ちつつ無頓着に言い放ったイリヤ・ペトローヴィチは(何かと言うどころか、“それが何だ!”と言ったようであった)、文書類を抱えて別のテーブルに移動しているところで、絵のようにはっきりと一歩ごとに肩を無意識に動かす様は、足の進む方向へ肩も一緒に付いて行くといった感じであった。「こちらでございます。よろしいですか。物を書かれている方、いやそうじゃなかった学生、元学生です、正確には。金を支払わずに手形を振り出し、住戸は明け渡さない、ひっきりなしに訴えが来ております。ですが私が彼のいる前で葉巻を吸い出したと言って、不満を言われ出したのです!自分では卑、卑劣なまねをしておきながら。それでこれでございます。彼の方を見ていただけますか。いやほら実に魅力的な格好を今はされているじゃありませんか!」

 「貧乏は悪徳じゃないさ、君、一体全体どうしたの!火薬さん、侮辱に耐えられるはずもないよな。お前さんはきっと何らかのことで彼に対して腹を立て、自分でも抑えがきかなくなったんだろう」ニコヂーム・フォミーチは愛想よくラスコーリニコフに話しかけながら続けた。「だがそんなことはお前さん無駄なんだ。言っておくけどね、高潔も高潔、高潔極まりない男なんだが、火薬、火薬なんだよ!急にいきり立って、逆上し、燃え尽き、そして無くなる!跡形も無くなってしまうのさ!結局ただ善良な心だけが残るってわけ!連隊でも彼は呼ばれていたんだよ。“火薬中尉”って・・・。」

 「全くなんという連、連隊なんだ!」と大声を上げたイリヤ・ペトローヴィチは、非常に心地よく自尊心をくすぐられたので大いに満足していたが、依然としてむくれていた。

 ラスコーリニコフは急に彼ら二人に何か特別気持ちのいいことを言ってやりたくなった。

 「全く何てことを、大尉」非常になれなれしくなった彼は、突然ニコヂーム・フォミーチに話しかけた。「私の立場にもなってよく考えてください・・・。私は彼らに許しを請うにやぶさかではありません。もしも何かのことで自分の方が無礼を働いたのなら。私は貧しい、病んでいる学生で、貧乏に打ちひしがれて(彼は紛れもなく“打ちひしがれて”と言った。)いるんです。私は元学生で、というのも今は自分の生活を維持することができないので。ですが金は手に入ります・・・――県に母と妹がいるんです。私に仕送りしてくれます。そうすれば私は・・・払いますよ。私の家主は善良な女性なんですけど、私が家庭教師の口を失い家賃を払わなくなって4ヶ月経ち、あまりにも腹を立ててしまって、私に食事さえ運んでくれないんですよ・・・。ですからこれがどういう手形なのか全く理解できないんです!この今になって彼女がこんな借用証書で請求するだなんて、一体どうやって払ったらいいんですか、考えてもみてください!・・。」

 「ですがそれは全く我々には関わりないこと・・・」再び書記係りが意見しようとすると・・・。

 「すみません、すみませんが、私はあなたに全く賛成です。ですが私にも説明させてください」相手の言葉を再び引き取ったラスコーリニコフは、書記係りではなく専らニコヂーム・フォミーチに対して話しかけていたのだが、イリヤ・ペトローヴィチにもなんとかして聞かせようと努めていた。もっとも当人は書類を引っ掻き回し、蔑んで彼に注意など払っちゃいないという振りを頑固にしていたが。「私にも私の立場から説明させてください。彼女のところに住むようになってもう三年近く経ちます。田舎から出てきた直後からです。以前は・・・以前は・・・でも私の方からは打ち明けてはいけない理由なんてありますか。最初に私は約束したんです。彼女の娘さんと結婚するって。約束は口頭で、完全に自由意志によるものでした・・・あれは年頃の娘で・・・でも私は彼女を気に入ってさえいたんです・・・もっとも惚れてはいませんでしたが・・・一言で言えば若さってやつです。要するに私が言いたいのは、家主は当時私に多くのことを信用でしてくれたんです。で私は幾らかそういった生活を送っていたんです・・・私は非常に浅はかだったんですね・・・。」

 「あなたにそんな身の上話をしてくれなんて誰も一切頼んでおりませんぞ、閣下、それに時間もありません。」ぶっきらぼうに勝ち誇った様子でイリヤ・ペトローヴィチが話を遮ろうとすると、ラスコーリニコフは熱くなってそれを制止した。もっとも当人は話しをするのが突然非常に辛くなっていたのではあるが。

 「ですがすみません、どうか私に幾らか、何もかもしゃべらせてください・・・どんな次第だったのか、そして・・・私の方から・・・もっともこれは確かにあなたの言う通り余計なことですが。――さて一年前この娘はチフスで亡くなりました。私はというと下宿人として残りました。以前のように。そして家主は現在の住居に引っ越して来ると私に言ったのです・・・友人のように言ったのです・・・私はあなたのことを完全に信頼している。そして何でも・・・とはいえ私が額面115ルーブルの借用証書を彼女に書きたくないと思っているかどうかについても。それは彼女が私に対する借りとみなしていたものの合計でした。よろしいですか閣下。彼女はまさにこう言ったのです。私がこの証書を書けば直ちに、また好きなだけ信用貸してやる。そして決して、決して自分の方からは――これは彼女自身の言葉ですが――この証書を利用しない、私が支払っている間は、と・・・。それでほら今、私が家庭教師の口も失って喰うに困るようになると、彼女は徴収の手続きを取っている・・・。一体私は今何を言えましょう?」