「罪と罰」32(1−5)

 みんな大笑いしながら容赦なくミコールカの馬車に乗り込んでいく。乗ったのは6人ばかり、でもまだ乗れる。農婦を一人乗せる、太っていて血色がいい。彼女はキャラコの服、ビーズが刺繍された頭巾、防寒靴を身にまとい、クルミを歯で割り時々笑っている。群衆の至る所でやはり笑い声が起きている。実際どうして笑わずにいられよう。こんなひ弱な雌馬っこがあんな重いものをギャロップで運ぶというのだから!馬車に乗った二人の男がすぐさまそれぞれ鞭を取る。ミコールカを手伝うためだ。響き渡る≪それ!≫の声。やせ馬は力一杯引っ張るが、ギャロップどころか並足さえままならない。一歩一歩進むだけ、3本の鞭による打撃のため、うめき声をあげ膝をかがめる。鞭はまるでエンドウ豆がパラパラ落ちるように降り注がれている。馬車と群衆の中の笑い声は倍に膨れ上がってくる。だが腹を立てているミコールカは、かっとなって一層多くの鞭を雌馬っこにくれている。ギャロップで駆けることを本気にしているかのようだ。

 「俺も入れてくれよ、なあ!」味わってみたくなった一人の若者が群衆の中から叫ぶ。

 「乗れ!みんな乗れ!」ミコールカが叫ぶ。「みんな運んでやる。打ち殺してやる!」そうして鞭で打って打ちまくるのだが、怒り狂っているために一体何を使って打ったらいいのか最早分かっていない。

 「パパ、パパ」と彼は父親に叫ぶ。「パパ、あの人たちは何をしてるの?パパ、かわいそうなお馬さんが打たれてるよ!」

 「行こう、行こう!」父親が言う。「酔っ払いがさ、ふざけているんだよ、馬鹿者たちさ。行こう、見るんじゃない!」そして彼を連れて行こうとする。しかし彼は父親の手を振り切り、無我夢中でお馬さんの方へ駆けていく。だがかわいそうなお馬さんはもういけない。苦しそうに息をし、足は止まり、再び引っ張ろうとするが、もう少しで倒れそうだ。

 「死ぬまで打て!」と叫ぶミコールカ。「こうなっちまった以上、打ち殺してやる!」

 「お前には良心ってものがないのかい、この化け物が!」群衆の中から一人の老人が叫ぶ。

 「あげな馬っこにあげな積荷を引かせるなんて」別の者が言い添える。

 「死なせちまうぞ!」三人目の者が叫ぶ。

 「うるせぇ!俺の物だ!好きなようにする。もっと乗れや!みんな乗れ!絶対ギャロップで行くぞ!・・」

 突然どっと笑い声が起こり、すべてを掻き消す。めす馬っこがいや増す打撃に耐え切れず、弱々しく蹴り始めたのだ。老人までもがこらえきれず笑みを浮かべた。実際そんなひ弱なめす馬っこが蹴るのだから呆れてしまう!
 
 群衆の中の若者二人がさらにそれぞれ鞭を取り、駄馬を両脇から打つため駆けていく。各々がそれぞれの場所から走る。

 「鼻面だ、目を打て、目だ!」ミコールカが叫ぶ。

 「歌うぞ、みんな!」馬車から誰かが叫ぶ。すると馬車では全員による唱和だ。響き渡る底抜けに陽気な歌、ガチャンと音をたてるタンバリン、リフレインの際の口笛。小娘はクルミを歯で割り時々笑っている。

・・・彼はお馬さんの傍を駆けその前に出る、そして目の当たりにする、目を、もろに目を打たれているのを!彼は泣く。激情が込み上げ、涙が流れる。鞭打っている者の一人の鞭が彼の顔面に触れる。が彼は何も感じない。手を揉み絞り、叫び声を上げ、白いひげの生えた白髪の老人に飛びつく。老人は頭を振り、こうしたこと一切を非難している。一人の百姓女が彼の腕を掴んで連れ去ろうとする。しかし彼は振り切って逃げ、再びお馬さんの方に駆けていく。その馬には最早わずかな力しか残されていない、だが再度蹴り始めている。

 「お前なんか化け物にさらわれちまえ!」かっとなって叫び声を上げるミコールカ。鞭を放り投げると、かがんで馬車の底から長くて太い轅を引き出し、その端を両手で持ってなんとか鹿毛馬の上に振り上げる。

 「打ち砕いちまうぞ!」周囲で上がる叫び声。

 「殺す気か!」
 
 「俺の物だ!」と叫んだミコールカは満身の力を込め轅を振り下ろす。響き渡る鈍い打撃音。

 「打て、打て!なしてやめた!」群衆の中から叫び声が上がる。

 ミコールカはというと振り上げること二回目、満身の力を込めた二度目の打撃が不幸なやせ馬の背にズシンと落ちる。腰がまるまる沈んでいく。だがすっと立ち上がり引っ張る、最後の力を振り絞って方々へ引っ張る。運ぼうとしているのだ。しかしありとあらゆる方向から6本の鞭が出迎える。轅は再び上昇し、落ちること三回目、その後4回目。テンポよく、力任せに。ミコールカは一撃で仕留められないので狂乱の体だ。

 「しぶといな!」周囲で上がる叫び声。

 「もうすぐきっと倒れるって、なあみんな、その時こそお仕舞いさ!」一人の好きものが群衆の中から叫ぶ。

 「斧でやれよ、なぜだ!一回で終わらせろ」三番目の者が叫ぶ。