「罪と罰」31(1−5)

 病的な状態の時に見る夢はしばしば尋常でない明瞭さ、鮮明さ、そして度外れた現実との類似性という特徴を持つ。時折途轍もない場面が形成されるのだが、あらゆる表象の状況及び全プロセスがこの時にはあまりにも本当らしく、またあまりにも精巧で思いも寄らない、しかし場面の完璧さに巧みに合致する細部を備えているので、それを現で思いつくことさえまさにその夢を見る当人にはできないのである。例え彼がプーシキンツルゲーネフと同様の芸術家であったとしても、である。そういった夢、病的な夢はいつだって長いこと記憶に残り、調子の狂ったすでに興奮している人体に強烈な印象をもたらすのである。

 恐ろしい夢をラスコーリニコフは見た。彼が見たのは幼年時代の、まだみんなで小さな町にいた頃の夢だった。彼は7歳くらいで、祝日の夕方近く、父親と郊外を散歩している。灰色の空、蒸し暑い午後、彼の記憶に残っていたのとそっくり同じ場所。むしろ彼の記憶ではそれはかすれてしまっており、いま夢の中で繰り広げられているもののほうが遥かに原型を留めていた。町を遮るものはなく、手に取るように見通しがきき、辺りには柳の木1本さえない。どこかはるか遠く空の最果てに、小さな森が黒く見えている。町の端にある菜園からちょっと離れたところに居酒屋が、大きな居酒屋があり、それはいつも彼にこれ以上ない不愉快な印象、さらには恐怖までもを、その脇を父親と散歩で通りすぎる時に感じさせた。そこでは常に物凄い人だかりができていて、これでもかというくらいにわめき、馬鹿笑いし、悪態をつき、これでもかというくらいに醜悪なしわがれ声で歌い、ひっきりなしに殴り合いの喧嘩をしていた。居酒屋の付近では泥酔した身の毛もよだつろくでなしがうろついていた・・・。彼らに出会うと、彼はぴったりと父親に寄り添い全身を震わせているのであった。居酒屋の近くを通っている道、田舎道は常に埃っぽくて、その上に溜まった埃は常にやたらと黒かった。それは曲がりくねりながら先に続いており、300歩ほどのところで町の共同墓地を右に迂回していた。墓地の中央には緑の円屋根がのった石造りの教会があり、彼はそこに一年に二度ばかり父、母と共に礼拝式のために出かけるのだが、それは彼の祖母の追悼祈祷が執り行われる時であった。彼女はもう大分前に亡くなっており、彼は一度も会ったことがなかった。その際いつも彼らは白い大皿に装った法事粥をナプキンに包んで持って行くのだが、その法事粥というのは米と干しぶどうから作られたものに砂糖をまぶしたもので、干しぶどうは米の中に十字形に埋め込まれていた。彼はこの教会とその中に安置されている諸々の古いイコン、大部分金箔は剥がれている、それに頭のふらふらしている年老いた司祭が好きだった。祖母の墓と並んで、ちなみにその上には墓標が据えられていた、彼の弟の小さなお墓もあった。6か月で亡くなった弟のことを彼はやはり全く知らなかったし、記憶に残っているはずもなかった。しかし彼は自分に幼い弟がいたことを聞かされており、墓地を訪れる度に、小さなお墓の上で厚い信仰心をもって恭しく十字を切ってお辞儀をし、それにキスをするのだった。さてその彼が夢を見ている。父親と共に墓地に通じる道を歩んでおり、居酒屋の脇を通り過ぎようとしている。彼は父親の腕にしがみつき、恐る恐る居酒屋の方を顧みている。特殊な状況が彼の関心を惹きつけているのだ。つまり今回そこではまるでお祭り騒ぎみたいなことが起きていて、着飾った町人の女、農婦、彼女たちの夫それからあらゆる類のならず者からなる集団ができあがっているのだ。みな酔っぱらっていて、みな歌を歌っている。それから居酒屋の玄関の階段脇に四輪馬車が停車しているのだが、妙な馬車なのだ。それは例の巨大な四輪馬車、大きい駄馬達の付いた商品やワイン樽を載せて運ぶそれの一つだった。彼はいつだってそうした巨大な駄馬を見るのが好きだった。たてがみの長い、太い足をした、落ち着いて規則正しい歩調を刻む、山のような何かしらの荷物を少しも必死な様子を見せずに、まるで荷車がないよりもあった方が楽だと言わんばかりに運んでいく駄馬達を。だが今回は妙な具合になっていた。巨大なそうした四輪馬車に付けられていたのが小さくて、やせこけた、鹿毛色をした農耕用のやせ馬なのだ。それは――彼は度々見たことがあったのだが――時に薪や干草をうず高く積んだ荷車なんかを曳いて体を壊す、特に荷車がぬかるみや轍にはまり込んでしまったらそうなる例の馬の1頭だった。そうした際彼らはこれでもか、これでもかといつも百姓に鞭打たれ、時にはそれがもろに鼻面や目に当たりさえし、で彼はそれを見るのがあまりにも可哀想で、あまりにも可哀想なので泣き出しそうになり、でお母さんがいつも小窓から彼を引き離すことになるのだった。すると突然非常に騒がしくなってくる。居酒屋の中から、大声と歌とバラライカを引き連れ酔いに酔ったそれはもう大きな百姓達が赤と青のルバーシカに身を包み、外套を肩にひっかけ出てきているのだ。≪乗れ、みんな乗れ!――と大声を上げている一人は、年はまだ若く、首が途轍もなく太く、でっぷりして赤い、まるで人参のような顔つきをしている――みんな運んでやる、乗れ!≫するとすぐさま笑い声と嘆声が響く。

 「そげな痩せ馬が運ぶだって!」

 「おい、ミコールカ、気は確かか。そげな雌馬っこをあげな荷車にくっつけて!」

 「なにしろあの鹿毛馬はまちげーなくもう二十歳くらいになるんだぜ、なあ!」

 「乗れ、みんな運んでやる!」と再び大声を上げているミコールカは真っ先に馬車に飛び乗り、手綱を取って馬車の前部にすっくと立つ。「栗毛はさっきマトベイと行っちまったぞ」馬車から彼は叫ぶ。「でもこの雌馬っこはよ、お前たち、俺を困らせてばかりさ。なんなら殺しちまったっていいくらいだ。何もしないで食ってばかりいやがる。乗れって言ってるだろ!ギャロップで走らせてやる!ギャロップで行くぞ!」すると彼は鞭を手に取り、喜色満面で鹿毛馬を打つ構えをする。

「乗れだって、よく言うよ!」群衆の中から馬鹿笑いが起きる。「ギャロップで行くらしいぜ!」

「あれはギャロップなんかもう10年もしてないだろ、多分。」

「できるさ!」

「同情することなんかねえぞお前たち、みんな鞭を持て、構えろ!」

「そうだ!打て!」