「罪と罰」29(1−4)

 《俺の20コペイカを持っていっちまった――毒々しい物言いをしたラスコーリニコフは一人取り残された。――あいつからも金を取って娘をくれてやればいいさ、それで終わりさ・・・。なのになぜ俺はこんなことにかかずらって助けたりしたんだ!そもそも俺が助ける?俺に助ける権利なんてあるのか?そうさ勝手に生きたままお互いを飲み込みあえばいいさ――この俺がどうして?しかしまあよくも俺はあの20コペイカを遣ったりできたもんだ。だいたいあれは俺の金か?》

 この不可解な言葉をよそに、彼は非常に苦しくなった。彼は残されたベンチに腰掛けた。思考がぼやけていた・・・。この時はそれがどんなことであっても彼にとって考えることはとにかくつらいことであった。彼はできることなら全てから忘れられ、全てを忘れ、それから目を覚まし、すっかり新たに始めたかった・・・。

《哀れな娘だ!・・――と彼は言った。その視線は無人になったベンチの端に据えられていた。――我に返る、しばらく泣く、すると母親の知るところとなる・・・。初めは引っ叩く、そのうち鞭で打つ、痛みと屈辱、ついには追い出すことになるかもしれない・・・。仮に追い出さなかったとしても、やはりダーリヤ・フランツェーエブナのような輩が嗅ぎつけることになるだろう。するとこそこそ出入りし始めるのさ、その娘が、あちこちを・・・。その後はすぐ病院だ(こんなことになるのは母親の前では極まじめにやっていて、陰で時々悪さをする娘に決まっている。)でそれから・・・それから再び病院・・・酒・・・居酒屋・・・でまた病院・・・2、3年もすれば――不具者だ、締めて彼女の一生は生まれてこの方19か18年で終わりでございます・・・。俺はそんな連中に会ってこなかったか?一体そいつらはどうなっていった?そうさ、いつだってまさにそうなっていったんじゃないか・・・ちぇっ!勝手にしろ!これが所謂なるべくしてなる、だ。こうした割合が毎年落ちねばならないのさ・・・どこかに・・・地獄に、おそらく残りの人たちを安心させるために、邪魔されないようにするために。割合!素晴らしいよ、まったく、彼らのこの用語は。だってあんなにも安心させ、科学的なんだからな。こんな風に言われたようなものさ。割合というのはつまり、心配するには及びません、と。ただこれがもしも別の言葉だったなら、その場合は・・・もしかしたら、これ程安心できなかったかもしれない・・・。だがもし、ドゥーネチカもどうしてか割合の方に落ちしてしまったら!・・今回ではなかったとしても、別の回には?・・

 それはそうと俺はいったいどこに行くんだ?――ふと彼は思った。――おかしいな。だって何かしら理由があって出かけたんだろ。手紙を読み終えるなりそのまま出たのだが・・・。ワシーリエフスキー島だ、ラズミーヒンのとこに出かけたんだ、そうだ向こうへだ、ようやく・・・記憶が戻った。いったいなんのために、それにしても?それにラズミーヒンのところへ行くという考えが、この今になってどうやって俺の頭の中に飛び込んできたんだろう?驚くべきことだ。》

 彼は自分自身に驚いていた。ラズミーヒンというのは大学の旧友の一人であった。注目に値することは、ラスコーリニコフは大学に在籍中ほとんど友達がおらず、みなを避けており、誰かのもとを訪ねることもなく、自分のところでは陰気に応対していた、ということだ。もっとも彼らの方でもすぐ彼と縁を切ったのだが。どんな集会にも、どんな会話にも、どんな気晴らしにも、あらゆることになぜか彼は加わらなかった。学業への取り組み方は熱心で骨身を惜しまなかった。それゆえ尊敬はされていたが、彼を好ましく思うものは一人もいなかった。彼は非常にみすぼらしく、どうかして横柄なくらいにプライドが高く、非社交的だった。まるで何かを心の中に秘めているかのようであった。他の友人たちには、彼は彼らを、すべての人を、子どもに対するように上から見ている、まるで発達においても知識においても信念においても彼らすべてを凌駕しているかのように、そして彼らの信念や関心を低レベルなものであるかのように見なしている、そう思われていた。

 ラズミーヒンとはどういうわけか気が合った。より正確には気が合ったのではなく、彼とは比較的打ち解け、比較的心を開いたのであった。もっともラズミーヒンとはそれ以外の関係でいることなど有り得ようもなかったのだが。この男は並外れて陽気な、社交的な若者で、その善良さは単純さにまで達していた。とはいえこの単純さの下には深みも威厳も隠されていた。友人の中の優れたものはこのことを理解しており、みんな彼が好きだった。彼はとても愚かとは言えぬ男だった。もっとも、時折単純すぎるきらいはあったが。その容貌は表情豊かで――背が高く、痩せ型で、ひげはいつもきれいに剃られておらず、髪の毛は黒かった。しばしば彼は暴れ、力持ちとして聞こえていた。ある日の晩、仲間と一緒にいた時、彼は一撃で2メートルはあろうかという一人の警官をのしたことがあった。酒を際限なく飲むことができたが、全く飲まないでいることもできた。時々洒落にならないような悪戯をすることもあったが、全くしないでいることもできた。ラズミーヒンは次のような点で特筆すべき人物であった。どんな失敗も決して彼の平静を乱すことはなく、どんな悪い状況も彼を意気消沈させることはできないように思われていた。彼は屋根の上に部屋を借りてもよかったし、地獄のような飢えも、尋常でない冷えも耐えることができた。非常に貧しかった彼は完全に一人で自活していたのだが、金はあれやこれやの仕事で得ていた。彼は無数の収入源を知っていたので、もちろん賃金としてそこからお金を得るこができた。かつて彼は一冬を全く暖房なしで過ごし、この方がむしろ快適さ、なぜなら寒いほうがよく眠れるから、と主張したことがあった。現在彼もまた学業の中断を余儀なくされていたが、長い間そうするつもりはなく、全力を挙げて状況を改善し、大学に戻ろうと急いでいた。ラスコーリニコフは彼の元をもうかれこれ4ヶ月訪れていなかった。一方ラズミーヒンは彼の住居さえ知らなかった。かつてある時2ヶ月ほど前だっただろうか、彼らは通りで出会いそうになった。だがラスコーリニコフくるりと引き返し、彼に見つからぬよう反対側に移りさえした。一方ラズミーヒンは気づいたけれどもそっとしておいた。友人の邪魔をしたくなかったからである。